チャーメインと魔法の家 (ハウルの動く城3)/徳間書店
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ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(市田泉訳)『ハウルの動く城3 チャーメインと魔法の家』(徳間書店)を読みました。
「ハウルの動く城」シリーズ第3作は、魔法使いの家でお留守番することになった、本を読むのが大好きな少女チャーメインの物語です。
独立したストーリーなので、この作品から読んでも大丈夫ですが、魔法使いハウルやソフィーなど1作目と2作目のキャラクターがさりげなく再登場したりもするので、やはり順番に読むのがおすすめです。
チャーメインは両親の教育方針で、お上品になるように育てられたんですね。なので、料理や洗濯など家事が実は全然出来ないのでした。
ところがお留守番を頼まれて、それを全部自分でやらなければならなくなってしまったから、さあ大変。しかも、そこは単なる家ではなくて、魔法使いが暮らす、なんだかちょっと変わった家なのですから。
何をするにも魔法を使わなければならなかったり、突然物がなくなったり、空間が折れ曲がっていて家の中で迷子になったりするのです。
おまけに犬や少年など次々と予定外のお客がやって来てしまい、挙句の果てにはラボックという恐ろしい存在に遭遇してしまって・・・。
この作品は何と言っても主人公の少女チャーメインが魅力的。ちょっと癇癪持ちで怒りっぽい所が玉に瑕ではありますが、好奇心旺盛で負けん気が強く、自分に出来なかったことに挑戦しようとするのです。
魔法使いの家に隠された秘密や、王宮の謎を解き明かしていく面白さがあるだけでなく、初めて親元を離れて、色んなことを学んでいくチャーメインの成長物語になっていて、そうした所も面白かったです。
ではここで、チャーメインが遭遇してしまったとても恐ろしいラボックについてちょっと紹介しましょう。チャーメインが覗いた『魔法大全』というシリーズの中の一冊には、こんな風に書かれていました。
ラボック――幸いにも希少な存在。昆虫に似た紫色の生物で、バッタ大から人間以上まで自由に大きさを変化させる。きわめて危険な種だが、近年では荒地や無人の地にしか出没しない。ラボックは人間を見ると、ペンチに似た肢か、おそるべき口の針で必ず攻撃してくる。一年のうち十ヵ月は、単に人間を引き裂いて食うだけだが、七月と八月は繁殖期で、ほかの月以上に危険な存在となる。なぜならその二ヵ月間、ラボックは人間がとおりかかるのを待ちぶせし、つかまえるとその体に卵を産みつけるからである。(82ページ)
そんな恐ろしいラボックに、チャーメインはなんと魔法使いの家の近くで出会ってしまったのでした。その時はなんとかうまく逃げられましたがまた出会ってしまったら、一体どうしたらいいのでしょう?
悪い魔法使いや魔女も恐いですが、こうしたモンスター的な敵は、話が通じない分もっと恐い感じがありますよね。しかも、チャーメインは魔法なんか習ったことのない、ただの本好きの少女なのですから。
ごく普通の少女の目を通して、魔法など、色々不思議なものが描かれているので、物語の世界にすごく入りやすいです。初めは戸惑い、不思議に思いながら様々なことを学んでいくチャーメインの成長物語。
作品のあらすじ
ハイ・ノーランド国の王室づきの魔法使い、ウィリアム・ノーランドは病気になってしまいました。エルフの所で治療をしてもらうことになったのですが、その間、家のお留守番をしてくれる人が必要です。
そこで白羽の矢を立てられたのが、親戚の少女、チャーメイン・ベイカーでした。ウィリアム・ノーランドを大おじさんに持つセンプロニアおばさんが、チャーメインのお父さんのおばさんにあたるのです。
チャーメインを魔法使いの家なんかに行かせたくないと思っているお母さんは、気が進まない様子でしたが、チャーメインは内心大喜び。
実をいうと、チャーメインはこう考えていました――ずっと待ちのぞんでいたチャンスがやってきたんだわ。お上品な学校にはもうあきあきだし、家にいるのはもっとうんざり。母さんはあたしのこと、かみつくかもしれないトラみたいに扱うし、父さんの方は、あたしが何かしようとすると、行儀が悪いだの、危ないだの、そんなことする人はいないだのと言って、やらせてくれないんだから。(14ページ)
本を読むのが大好きなチャーメインにはある夢がありました。それは、王宮図書館で働くこと。一か八かで王様あてに司書助手になりたいと手紙を書きました。年齢のところはうまく触れないようにして。
ウィリアム大おじさんの家に行くと、ウィリアム大おじさんは早速エルフたちに連れて行かれてしまいました。いつ帰って来るのかと尋ねると、「治療が終ったら」(23ページ)というのがエルフの返事。
なにしろ魔法使いの家なので、なんでも魔法で動くようになっていてチャーメインは途方に暮れますが、ウィリアム大おじさんが使い方を話した声を魔法で残していってくれたので、なんとかなりそうです。
汚れたキッチンの掃除やたまった洗濯物などやらなければならない仕事が山積みなのが分かったチャーメインはうんざりしてしまいます。
そこで、いつもしているように、本を読んで現実逃避しようとしましたが、母さんは荷物の中に本を入れておいてくれなかったのでした。
困ったチャーメインは、ウィリアム大おじさんの持っていた魔法の本を読むことにして、早速『パリンプセストの書』の中にあった「空飛ぶまじない」を試してみようと、近くの崖まで、出かけて行きます。
するとその途中で、虫のようなものが足元の草むらに落ちました。やがてそれは、ブーンと音を立てながらどんどんふくらんでいきます。
いやな感じ。なんなの、これ?
チャーメインがそれ以上動くことも、何か考えることもできないでいるうちに、その生き物は突如として丈を伸ばし、人間の二倍ほどの大きさになりました。濃い紫色で、人間に似た姿をしていますが、人間ではありません。背中には透きとおった紫の小さい翅があって、それが目にもとまらぬ速さで動き、ブーンと音をたてているのです。そしてそいつの顔ときたら――チャーメインは思わず目をそむけました――昆虫の顔だったのです。周囲のようすをさぐり、感じとる器官――触覚ととびだした目があり、両目はそれぞれ、少なくとも十六個の小さい目が集まってできています。
「嘘! こいつ、ラボックじゃない?」チャーメインは小声で言いました。(51ページ)
ラボックに襲われて逃げ出したチャーメインは、崖から落ちてしまいました。耳元で風がヒューヒューうなります。チャーメインが慌てて飛行のまじないを叫ぶと、なんと宙に浮かぶことが出来たのでした。
なんとか無事に魔法使いの家に帰ることが出来たチャーメインでしたが、それからも次から次へと思いがけないことが起こっていきます。
〈宿なし〉という名前の迷い犬が住みついて、やむを得ず飼うことになったかと思えば、今度は魔法使いの弟子になりたいと言って、ピーター・リージスという少年が、いきなりやって来てしまったのです。
魔女の母親を持つピーターは多少は魔法が使えるらしいのですが、魔法は何故かいつも失敗してばかり。いいことをしようとしても、結果的にはとんでもないことを引き起こしてチャーメインを怒らせます。
そして何より一番驚いたのは、王様から手紙の返事が来たこと。チャーメインは王宮図書館でお手伝いをすることが認められたのでした。
早速王宮へ行ったチャーメインは、王様とヒルデ王女に会い、ハイ・ノーランド国が今は深刻な財政状況に陥っていて、この国に代々伝わる〈エルフの宝〉の情報を王宮図書館で探しているのだと知ります。
王宮図書館で王様とヒルデ王女の手伝いをしたり、魔法使いの家でピーターとけんかしながら家事をする内に、チャーメインは少しずつ、王宮の謎と、魔法使いの家の秘密を知っていくこととなるのでした。
やがて、〈エルフの宝〉の捜索を助けるために、インガリー国から魔法使いと火の悪魔がやって来てくれたのですが・・・。
はたして、無事に〈エルフの宝〉を見つけ出し、ハイ・ノーランド国を救えるのか? そして、恐るべきラボックとの対決の行方は!?
とまあそんなお話です。魔法使いの家での、チャーメインとピーターの悪戦苦闘ぶりが笑えます。ピーターは悪いやつではないのですが、何故か魔法を使うととんでもない結果を引き起こしてしまうのです。
チャーメインは、自分はピーターにやさしくなかった、もっとやさしくしてやろうと思いながら家に帰ったりもするのですが、扉を開けた瞬間、大声でピーターをどなりつけるお約束の展開になるのでした。
この作品の大きな見所は、火の悪魔という時点で、もう分かっていると思うので書いてしまいますが、カルシファーの活躍です。シリーズ中で、最もカルシファーが活躍します。ファンの方は、必読ですよ。
これで「ハウルの動く城」シリーズの紹介は終わりです。ぼくも今回初めて読んだのですが、3作それぞれにテイストが違っていて、かなり面白く読みました。興味を持った方は、ぜひ読んでみて下さい。
明日は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』に影響を与えたと言われるオトフリート=プロイスラー『クラバート』を紹介する予定です。