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筒井康隆『ロートレック荘事件』

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ロートレック荘事件 (新潮文庫)/新潮社

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筒井康隆『ロートレック荘事件』(新潮文庫)を読みました。

タイトルの「ロートレック」というのは、19世紀フランスの画家、トゥールーズ=ロートレックのこと。

ロートレックは、踊り子や娼婦など、わりと下町の風俗のようなものを好んで描いたことで有名で、有名なキャバレー「ムーラン・ルージュ」のポスターなども描いています。

嬉しいことに、この文庫本にはロートレックの絵が何作品かおさめられているんですよ。なので、勿論サイズは小さいですが、実際にどんな画風なのかを見ることが出来ますよ。

ぼくはわりとドガという画家が好きなのですが、そのドガに影響を受けたというだけあってかなり似ていて、なかなかに面白いなあと思いながら見ていました。

さて、そんなロートレックはちょっと変わった体をしていたんです。

10代の頃に足を骨折し、足の発育がそのまま止まってしまい、大人になってからも足だけは子供のままの長さだったんですね。このことは、ちょっと覚えておいてください。

では、今回紹介する『ロートレック荘事件』の内容に入っていきましょう。

その名の通り、ロートレックの絵のコレクションが飾られた別荘「ロートレック荘」。別荘の持ち主である実業家の木内夫妻と招待客たちが楽しい一時を過ごしていました。

ところが、2発の銃声が轟いたことにより、その状況は一変します。なんと、木内夫妻の娘の友達が、何者かに撃ち殺されてしまったのです。

外部からの物取りの犯行なのか、それとも何らかの動機を持った内部の者の犯行なのか?

再び銃声は鳴り響き、また新たな犠牲者が出てしまって・・・。

古い館で殺人事件が起こるという、シチュエーション的には非常に古典的な作品ですよね。

しかしながら、この小説の作者は、専門的な推理作家ではなく、SFや幻想文学などを主軸に活躍する鬼才、筒井康隆。

主人公が気絶したらページが空白になる『虚人たち』や、ありえたかも知れない選択肢を次々と描いた『夢の木坂分岐点』など、様々な実験小説を世に送り出して来た作家です。

そんな筒井康隆がごく普通の推理小説を書くわけがありません。「なるほど筒井康隆らしいなあ」と思わせてくれる、そういった面白い仕掛けのある作品になっています。

トリックについて詳しくは書けませんけれど、あまり情報を知らない内に読んだ方がいいタイプの作品です。

トリックについて話題になることの多い、わりと有名な作品ですから、まだ知らない方は、出来るだけ早く読むことをおすすめします。

物語の中心人物となるのは、奇しくもロートレックと同じように、怪我によって下半身の成長が止まってしまった28歳の画家、浜口繁樹。物語の語り手になります。

繁樹は、8歳の時に繁樹の怪我の原因を作ってしまい、その後悔から、20年間ずっとそばにいて献身的に支えてくれている同じ年の従兄弟と共に「ロートレック荘」を訪れたのでした。

その「ロートレック荘」で起こってしまった連続殺人事件。一体誰が、何のために美女たちを次々と殺していったのでしょうか?

作品のあらすじ


〈おれ〉は工藤忠明の運転する車で「ロートレック荘」に向かっていました。

工藤忠明は、「今ならなあ。君の絵の二、三枚の値段であの会社の破産、救えたのにさ」(8ページ)と悔しそうに言います。

〈おれ〉たちの父親は、かつて貿易会社を経営していたのですが、6年前に破産してしまったんですね。そうして売りに出された別荘を買ったのが、木内文麿だったのでした。

 今は木内文麿氏の所有となった別荘、最近はロートレック荘の名で呼ばれるようになった建物が、やがて、行く手に現れた。その名にふさわしく、流れるような曲線、新印象主義の美術品に見られるような装飾、アーツ・アンド・クラフツの影響下に生まれたドイツのアール・ヌーヴォー、正しくはユーゲントシュティールという洋式の華麗な建築物である。鉄柵の門は開かれていた。車は前庭の芝生の中に弧を描いている道を走ってポーチの階段下で停車した。(13ページ)


木内夫妻と、その娘の木内典子、その友達の牧野寛子と立原絵里が〈おれ〉たちを出迎えてくれました。木内典子、牧野寛子、立原絵里の3人は24歳で、いずれ劣らぬ美人ぞろいです。

みんなでロートレックのコレクションを眺めている所へ、「ああ。社長。どうも突然お邪魔をいたしまして。購入品目のご決裁に急を要したものですから」(34ページ)と木内文麿の会社の社員、錏和博がやって来ました。

どうやら錏和博は、社長令嬢である木内典子に思いを寄せていて、大した用でもないのにやって来たもののようです。

別荘の持ち主は変わりましたが、馬場金造はそのまま別荘番として残っていて、子供の頃から知っている〈おれ〉と再会出来た金造は、とてもうれしそうでした。

「昔、わたしが坊っちゃまをおんぶして、あの森の中をよく散歩したこと、まだ憶えてらっしゃいますか」
「そうだったなあ」
 ちょっとためらってから、金造は言った。「今は森林浴なんてふうに申すそうですが、およろしければ、またあのようにして、森の中をご案内いたしましょうか」
 そうなのだ。おれは二十八歳になった今でもあの頃と同じからだで、六十一歳の金造に背負われ、森の中を散歩することができるのだった。
(中略)
「だけど、ぼくはもう二十八だからね」無理に笑って見せ、おれは言った。「やっぱり、おんぶは照れくさいよ」
「いやあ、これはやはり、そうでございましょうなあ」金造も泣き笑いをしながら大声で言った。「そうでしょうとも」(46~47ページ)


今では自分の運命を受け入れている〈おれ〉ですが、かつては悲観し、自殺すら考え、憂鬱な時を過ごしたものでした。

そんな16歳の夏、別荘の柱にひそかに隠された拳銃、モーゼル・オートマチック三二口径を見つけたんですね。6発の弾が装填されています。

どうやら前の別荘の持ち主であるドイツ人貿易商が護衛用に柱に隠しておいたもののようで、誰にも言わないままそのままにしておいたその拳銃のことを思い出して確認すると、今でも柱の中にありました。

食事の席では、〈おれ〉が撮ろうとしている映画のことや、木内文麿の娘の結婚の話などが出ました。

映画の資金繰りのことを考えれば、財政力のある木内典子と結婚するのがいいに決まっています。

しかし、牧野寛子がさっきは悲しかった、「わたしのおうちは貧乏で、映画のお金なんてとても出してあげられないんですもの」(79~80ページ)と気持ちを打ち明けてくれたのです。

牧野寛子を愛おしく思った〈おれ〉はその夜、いっそ既成事実を作ってしまおうと、牧野寛子と結ばれたのでした。

翌朝。食堂でコーヒーを飲んでいると、2発の銃声がします。一体何事だろうと、慌てて階段をかけ上がると、音を聞きつけて工藤忠明も部屋から出て来ました。

そうしてみんなで音のした部屋へ向かうと、そこは牧野寛子の部屋で、バルコニーのガラスが割れ、ネグリジェ姿の牧野寛子は血だらけで倒れていたのです。

 牧野寛子はすでに死者の顔色をしていた。なんの表情もなく、眼は閉じていた。腹部にふたつの穴があいていた。血はまだ流れ続けていた。バルコニーからガラス越しに撃たれたことはあきらかだった。
「死んだ」と、おれは言った。
 死者の顔を見つめたまま、おれはなかなか信じられなかった。数時間前に愛しあった肉体が、今は意志も感情もなく物体としてころがっていた。(87ページ)


木内典子は、銃声がしたすぐ後に、森の中に逃げて行く犯人を見たと言いました。

初めは外部の犯行だと思われていましたが、警察の捜査によって、使われた拳銃がモーゼル・オートマチックであることが判明し、それを知った〈おれ〉はぎょっとします。

どうやら凶器として使われたのは、柱に隠されていた拳銃に間違いなさそうです。

「あそこにあの拳銃が隠されていることを知っていそうな者はおれ以外に誰と誰だろう」(114ページ)と、誰が何のために牧野寛子を殺したのかを考え始めた〈おれ〉。

しかしやがて、第2、第3の殺人が起こっていってしまい・・・。

はたして、「ロートレック荘」で起こった連続殺人事件の犯人は一体誰なのか!?

とまあそんなお話です。普通のミステリとは一味も二味も違う作品なだけに、わりと賛否両論分かれることの多い作品です。

特に本格的なミステリファンからは、微妙な反応があったりもするのですが、ぼくは元々筒井康隆が好きなので、かなり楽しんで読めました。

まだこの作品のトリックについて知らない方は、ぜひ読んでみてください。小説を読んで驚きたいという方におすすめの一冊。

明日は、朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』を紹介する予定です。

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