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マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』

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風と共に去りぬ (1) (新潮文庫)/新潮社

¥780
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マーガレット・ミッチェル(大久保康雄、竹内道之助訳)『風と共に去りぬ』(全5巻、新潮文庫)を読みました。Amazonのリンクは1巻だけを貼っておきます。

意外と思われるかどうかは分かりませんが、ぼくが最も愛する長編小説が、この『風と共に去りぬ』なんです。そして、その中でも最も愛する登場人物が、レット・バトラー。

好きな小説はたくさんありますし、これはすごいなと唸らされる小説もたくさんありますけれど、この作品ほど”愛する”という言葉にふさわしい作品を、ぼくは他に知りません。

実を言うと、レット・バトラーは、そもそもどちらかと言えば、ぼくの好きなタイプのキャラクターではないんですね。

やはり誰しも自分に近いタイプを好きになる傾向があると思うのですが、ぼくは普段、理想主義者で物静か、内省的で感受性豊かなキャラクターに、よく共感させられます。

そう、つまり本来なら『風と共に去りぬ』で言えば、アシュレ・ウィルクスが、ぼくの好きなタイプのキャラクターなんです。

レット・バトラーはそんなアシュレとはもう正反対。とにかく男性的で行動的、古い伝統を物ともしない型破りな人間で、周りからは鼻つまみもの。しかしレットは、他人の目など全く気にしません。

まあ分かりやすく言えば、アシュレは草食系男子、レットは肉食系男子という感じで、『風と共に去りぬ』は、そんな対照的な2人の男性の間で揺れる、女主人公スカーレット・オハラの物語なんです。

レットとスカーレットは、頭の回転が早く、体面を気にせず必要な行動を起こせるという点で、性質的によく似ているのですが、とにかく普通の小説の主人公像とは全然違うんですね。

むしろ2人とも、悪役に近いと言っていい考え方と非常に濃いキャラクター性を持っていると言ってよいでしょう。

物語の中盤、南北戦争が終わった後の混乱期に、スカーレットが窮地をいかに切り抜けるかという所の面白さと言うのは、もはや完全にピカレスク・ロマン(悪漢小説。悪者がのし上がる物語)です。

なので、レットもスカーレットも、どちらもぼくはどうも好きになれないキャラクターなんですが、どうしても引きつけられてしまう何かが、この2人、いやこの物語のすべての登場人物にはあるんですね。

特にレットが、自分とは正反対なだけに憧れる部分もありますし、嫌味なことを言ったり、徹底的に他人をやり込めたりしながら、繊細な心が垣間見えるのがたまりません。

顰蹙(ひんしゅく)を買うような行動を平気で行ったり、他人の心を踏みにじっても、何とも思わない態度を取る、そんなぶっきらぼうな人間ながら、実は中身はすごくいいやつなんです。

そんな風に、欠点も、色んな悪い所も全部ひっくるめて、夢中にさせられる登場人物ばかりが出て来る小説なんて、これはもう単に好きと言うのを越えて、”愛する”と評するしかないじゃないですか。

物語の主な舞台となるのは、アメリカの南北戦争、そして南部が敗北した後の混乱期のアトランタ。なので確かに、物語の背景に、なかなか馴染みがない感じはあるかと思います。

しかも全5巻とボリュームもものすごいですが、とにかく面白い作品なので、読み始めたらもう本当に止められなくなってしまうはず。

機会があれば、みなさんもぜひ読んで、好きなキャラクターについてなど、またコメントしに来てくださいな。

いきなり全5巻はきついなあという方は、原作にかなり忠実に作られた映画もあります。2時間半を越える超大作ですが、映画も素晴らしくいいですよ。これ以上のキャスティングは考えられません。

風と共に去りぬ [DVD]/ワーナー・ホーム・ビデオ

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1939年にアメリカで公開されたこの映画版は、スカーレットをヴィヴィアン・リー、レットをクラーク・ゲーブルが演じ、その年のアカデミー賞を総なめにしました。映画版もおすすめです。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 スカーレット・オハラは美人というのではなかったが、双子のタールトン兄弟がそうだったように、ひとたび彼女の魅力にとらえられると、そんなことを気にするものは、ほとんどいなかった。その顔には、フランス系の「コースト」貴族の出である母親の優雅な顔立ちと、アイルランド人である父親のあから顔の肉の厚い線とが、目立ちすぎるほど入りまじっていた。しかし、さきのとがった角ばったあごなど、奇妙に人をよせつける顔だった。
(第1巻、5ページ)


アイルランド出身で、タラに大農園を持つジェラルド・オハラの娘、16歳のスカーレット。とびきりの美人というわけではありませんが、独特の魅力があって、周りの青年たちを虜にしています。

1861年4月。工業が発達し、奴隷制に反対している北部と、黒人奴隷という多くの働き手がいなければ農園を成り立たせていけない南部との間で、対立が深まりつつある時代。

まもなく戦争が始まりそうだという話もありますが、政治の難しい話はスカーレットには分からず、周りの青年たちを自分に夢中にさせることだけを、喜びとしています。

そんなスカーレットは、双子のタールトン兄弟と何気ない会話をしている時、ショッキングなことを聞かされました。

まだ公にはなっていないものの、アシュレ・ウィルクスとその親戚のメラニー・ハミルトンが結婚することが決まったと言うのです。

スカーレットがショックを受けたのは、青年たちみんなにちやほやされるのはうれしいものの、スカーレットが密かに思いを寄せていた相手こそ、そのアシュレだったから。

お互いに言葉にこそしませんが、スカーレットにはアシュレも自分のことを愛してくれているという確信があります。

そこで、アシュレとの駆け落ちすら考えながらパーティーに行き、スカーレットはアシュレに思いを伝えたのでした。

ところがアシュレは、「結婚するふたりの性格が、ぼくたちみたいにかけ離れている場合には、愛情だけでは幸福な結婚はできないのだ」(第1巻、251ページ)とスカーレットをなだめます。

読書や音楽鑑賞など、芸術を愛するアシュレは、愛する相手のすべてを手に入れようとするくらい激しい情熱を持つスカーレットとは、結局はうまくいかなくなるだろうと考えたんですね。

その点、自分とよく似ている、読書を好み、穏やかな性質を持つメラニーとならば、うまくやっていけるだろうとアシュレはそんな風に思ったのです。

アシュレに拒絶され、一人部屋に取り残されたスカーレット。絶望し、部屋の沈黙に耐えられなくなり、思わず怒りにまかせて花瓶を手に取りました。

彼女は、その花瓶をつかむと、腹立ちまぎれに部屋の奥の暖炉をめがけて投げつけた。花瓶は背の高い長いすの上をすれすれに越えて大理石の暖炉に当り、がちゃんとくだけ散った。
「いやはや」と、この長いすの奥から男の声がきこえた。「これはすこし手きびしすぎる」
 彼女は、このときほどびっくりし、恐ろしく感じたことはなかった。口がかわいて、声を出すことすらできなかった。ひざから力がぬけ、いすの背につかまって、やっと立っていた。レット・バトラーは、それまで横になっていた長いすから立ち上がると、大げさに、うやうやしい物腰でお辞儀をした。
「午睡の夢を破られて、さっきの論戦の模様をきかされただけでもたくさんなのに、そのうえ、なぜぼくは生命までおびやかされなくちゃならんのですかね」(第1巻、256ページ)


部屋の長いすには、レット・バトラーが寝ていて、スカーレットとアシュレの話をみんな聞いていたのでした。

レット・バトラーは35歳ほどのがっしりした体つきの男で、海賊のように日やけをし、口ひげを生やしています。

元々はいい所の生まれですが、女性問題を起こし、その兄弟を決闘で殺したことから故郷のチャールストンでは極めて評判が悪く、ならず者扱い。タラでも歓迎はされていません。

先ほども、みんなが南部魂で北部のヤンキーどもをやっつけるぞと盛り上がってる中、思いがけないことを言って、大きな顰蹙を買ってしまいました。

なんと、自分は北部の軍備や、製鉄所を実際に目にした、それに対して「南部がもっているのは、ただ綿花と奴隷と驕慢だけではありませんか」(第1巻、238ページ)と言ってのけたのです。

そんな変わり者のレットは、激しい性格のスカーレットに興味を抱き、印象が極めて悪いという点で、スカーレットにとっても、レットは忘れられない相手となったのでした。

やがて、スカーレットは腹いせに、今までぼんくらだと馬鹿にしていたチャールズ・ハミルトンという、メラニーの兄と結婚します。

男の子が産まれますが、南北戦争が始まり、戦争に駆り出されたチャールズは病気で亡くなり、あっという間にスカーレットは未亡人になってしまいました。

男たちはみな戦争に行き、義理の妹であるメラニーと共に、アトランタの親戚の元で暮らすスカーレット。

自分がアシュレを愛していることすら気づかず、誰に対してもやさしいメラニーのことを、スカーレットは内心、馬鹿だと思って軽く見ています。

それに対して、メラニーはスカーレットの言動の一つ一つをすべていい方に解釈して、心の底からスカーレットのことを慕い続けるのでした。

あっという間に北部を倒せるはずだった戦争は長引き、生活はどんどん苦しくなって来ます。そんな中、スカーレットとメラニーの元をたまに訪ねて来るようになったのが、レット。

封鎖破りと言って、南部が貿易出来ないように北部が海上を封鎖しているのを、無理矢理突破して貿易をしているレットは、金回りがいいのです。

戦争に行かないことで、周りから白い目で見られているレットですが、常識を物ともしないその態度に、スカーレットはいつしか共感を覚えるようにもなっていきます。

面と向かって自分の情婦にならないかなどと持ちかける、ならず者のレットに興味を抱くと同時に嫌悪感も抱くスカーレットでしたが、窮地に陥ると、何故かいつもレットが助けてくれました。

やがてスカーレットはメラニーと共に故郷のタラに戻り、両親の元でのんびり暮らそうと思います。

ところが母は病気で亡くなり、父は頭がおかしくなってしまったので、スカーレットがタラの大農園を、すべてを取り仕切らなければならなくなってしまいました。

働き手は少なく、自分たち自ら農作業をしなければなりませんし、おまけに時折、北軍の兵士たちがやって来て物を奪っていったりもするので、その日に食べるものにも困る有様です。

やがて、南北戦争が終わると、スカーレットの農園を狙った狡猾な罠にかかり、莫大な税金が要求されてしまいました。払えなければ、タラの土地を手放すしかありません。

窮地に追いやられたスカーレットは、自分の身を犠牲にしてでもタラを救おうと決意し、戦争の混乱に乗じて莫大に儲けたという噂のあるレットに会いに行くことにしました。

今ではまともなドレス一つありませんが、みじめな恰好をするわけにはいきません。レットの気を引いて自分を愛するように仕向けて、お金を貸してもらおうと思っているから。

そこで、大事にしていたカーテンからドレスを作り、スカーレットははるばるレットに会いに行ったのですが・・・。

はたして、スカーレットはレットの心をつかみ、大金を手に入れることが出来るのか!?

とまあそんなお話です。ここまでで大体三分の一くらいで、スカーレットとレット、そしてメラニーとアシュレの波瀾万丈の物語は、まだまだ続いていきます。

スカーレットとレットは、まるで悪役のようだとぼくは書きましたが、たとえばディズニー映画などでよくいる、人を信じ、人を愛するザ・ヒロイン的な人物と言えば、メラニーなんです。

人を疑うことを知らず、スカーレットからは内心馬鹿にされ、一方、レットからは貴婦人のように敬われているメラニーもまた、単なる脇役以上の存在感を持つ人物で、とても印象に残ります。

よく出来た三角関係の物語はありますが、『風と共に去りぬ』が特殊なのは、メラニーが加わってかなり独特の4人の構図が生まれていること。

スカーレットとレット、そしてアシュレとメラニーが似たような性質を持ち、4人それぞれが合わせ鏡のように、対照的に配置されているのです。

この独特の関係性は、『風と共に去りぬ』ならではという感じがしますし、それぞれの登場人物が本当に魅力的なので、興味を持った方は、ぜひ実際に映画を観たり、小説を読んだりしてみてください。

くだらない常識など打ち破ろうとするスカーレットとレットの行動は痛快ですし、戦争後に大きく変わってしまった世界についていけないアシュレの寂しさにぼくは強く共感させられました。

ところで、作中で使われている言い回しとは少し違いますが、有名になったスカーレットの言葉に、”明日は明日の風が吹く”があります。

何か困難にぶち当たった時に、スカーレットはいつも考えるのを止めてしまうんですね。難しいことは、明日考えようと。それだけでも、かなりユニークな女主人公ですよね。

大きな風が吹いて世界が大きく変わってしまった中で、独特の魅力を持つ登場人物たちは、いかに生き抜いていくのでしょうか。

それぞれの愛をめぐるドラマからも目が離せない、読んでいてとにかく面白い長編小説です。興味を持った方は、ぜひ読んでみて下さい。

明日は、遠藤周作『海と毒薬』を紹介する予定です。

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