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二階堂黎人『人狼城の恐怖』

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人狼城の恐怖〈第1部〉ドイツ編 (講談社文庫)/講談社

¥980
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二階堂黎人『人狼城の恐怖』(全四巻、講談社文庫)を読みました。

エラリー・クイーンの小説の名探偵の名前は、作者と同じエラリー・クイーン。これがミステリのお約束となっていて、日本でも有栖川有栖や法月綸太郎の作品などに作者と同名の名探偵が登場しています。

二階堂黎人のデビュー作『地獄の奇術師』から始まる二階堂蘭子という名探偵のシリーズは、そのパターンから少し外れますが、助手兼記述者、いわゆるワトスン役として登場する人物の名前が二階堂黎人。

ぼくが初めて『地獄の奇術師』を読んだ時はエラリー・クイーンも有栖川有栖も知らなかったので、作者と同じ名前の登場人物が出て来ることに、「え、どうしてどうして?」と驚いたことを覚えています。

二階堂蘭子シリーズは、二つの点で好みが分かれる作品。まず二階堂蘭子が、相手を一目見ただけでどんな人物か推理出来るほどの天才で、他人を徹底的にやり込めてしまう言わばちょっと嫌な奴なこと。

二階堂蘭子いけ好かないという声をよく聞きますが、ぼくはそうしたシャーロック・ホームズばりの天才かつ孤高な感じが妙に好きで、とりわけ好きな名探偵です。まあよくも悪くも個性的な名探偵ですね。

そして第二に、作品世界が怪談奇談を思わせるような、どこかおどろおどろしいものであること。最近流行の刑事もの、あるいは科学捜査ものとは対極にあると言ってよく、苦手な方は苦手かも知れません。

ただ、そうした雰囲気は、好きな人にはもうたまらないもので、ディクスン・カー、江戸川乱歩、横溝正史、京極夏彦と聞いて興味を引かれた方には、二階堂蘭子シリーズは自信を持っておすすめ出来ます。

さて、今回紹介する『人狼城の恐怖』は二階堂蘭子シリーズの五作目にあたる作品で、とにかく長いことでも有名な作品。500~700ページの文庫本で四冊あり、世界最長の本格推理小説と言われます。

名探偵の癖のある性格や、おどろおどろしい雰囲気に好き嫌いが分かれる作品ですが、ハマる人にはとにかくハマるので「世界最長の本格推理小説」という歌い文句に惹かれた方はぜひ読んでみてください。

独立した物語なので、いきなり『人狼城の恐怖』から読んでも大丈夫ですが、第一作『地獄の奇術師』くらいは読んでおくとキャラクターや作品の雰囲気が把握出来るので、より楽しめるだろうと思います。

長い作品なのでさらっとした紹介しか出来ませんけれど、ゴシック小説(古い建物で怪奇現象が起こる物語)風の雰囲気がたまらないミステリなので、少しでも興味を持ってもらえたらいいなあと思います。

作品のあらすじ


第一部 ドイツ編


1970年6月8日。中部ライン川を蒸気船《シュストラーセ》が下っていました。船は貸し切りで乗っていたのは《フォン・フェスト製薬》という企業から豪華国内観光旅行を招待された10人でした。

その中の一人、26歳のピアノ教師デオドール・レーゼがフェラグード教授から一行がこれから訪ねる《人狼城》にまつわる話を聞いていると、栗毛色の髪をした若草色のモスリン服の女性がやって来ます。

それは叔父のヨハン・ゼーンハイムと参加しているジャンヌで、以前テオドールのピアノを聴いたことがあったのでした。ジャンヌは遺産を狙っているらしき叔父から助けてほしいとテオドールに言います。

やがて《人狼城》は一つの城ではなく《銀の狼城》と《青の狼城》という二つの城であることが分かりました。国境を跨ぎそれぞれドイツとフランスに建っています。一行が泊まるのは《銀の狼城》でした。

《銀の狼城》に入るとフェラグード教授は、この城にあるらしき《ロンギヌスの槍》を探し始めました。しかし、城の持ち主フォン・シュタウエル伯爵の夫人は、そんなものは伝説に過ぎないと否定します。

城の中では不可解な出来事が起こり始め、旅行の参加者たちを怯えさせますが、ついには物置部屋で、参加者のコネゲン夫妻が首を切られて殺されているのが見つかりました。戸に鍵がかかった、密室状態。

一行は城から出ようとしますが、城からの出入り口は使えないようになっていて、一人また一人と参加者は殺されていってしまって……。

第二部 フランス編


1970年6月9日。28歳の弁護士ローラント・ゲルケンは《アルザス独立サロン》の面々と《人狼城》と総称される古城の一つ《青の狼城》を訪れていました。この旅が終われば結婚する予定でいます。

恋人のローズ・バルデはジプシーの占い師の血を引いており、不吉な予感がしたのですが、止めても聞かずに旅立ってしまったのでした。

フランスとドイツという二つの大国に隣接するアルザス地方は情勢にあわせて、ドイツ領やフランス領になるという辛い経験を持っています。独立のために活動するためには金銭的な援助が必要なのでした。

そのために《青の狼城》の城主グレゴール・フォン・シュライヒャー伯爵に会いに行くというのが今回の《アルザス独立サロン》使節団の大きな目的。恋人が止めても行かないわけにはいかなかったのです。

そしてもう一つ理由がありました。ローラントは《アルザス独立サロン》メンバーに起こった事件に関連してパリ警察殺人課警部ガスパール・サロモンと出会ったのですが、不思議な話を聞かされたのです。

「何しろ、今俺たちが懸命に追いかけている犯罪人はな、けっして普通の人間ではないのだ。そいつは生身の人間ですらない。こいつは怪物であり、亡霊なのだ。通常の認識や一般的な概念はとうてい通用しない。あらゆる常識を捨ててかからねば、絶対に太刀打ちできない。それは恐ろしい悪魔なのだ」
「吸血鬼や狼男のような、非人間的で、幽霊のような存在なのですか」
 ローラントは困惑し、サロモン警部とテルセ検事補の顔を見比べた。
「ああ、凶悪な存在だ。こいつは人を殺すことで、自分が生き延びるのだ」(第二巻、66~67ページ)


第二次世界大戦の末にナチスが生み出したとされる《星気体兵団》もしくは《人狼》と呼ばれる秘密兵器の話を聞かされたローラントは、それと関わりがあるらしい《人狼城》に関心を抱き始めたのでした。

しかし、いざ《青の狼城》に行ってみると、あったはずの首なし死体が消えるなどの事件が起こったので、《アルザス独立サロン》のメンバーの中に《人狼》がいるのではないかと、ローラントは怯えます。

やがてその恐れが的中したように、次々と不可解な殺人事件が起こっていきました。逃げようとするローラントと一行でしたが、城の出入り口は通れなくなっており、次々とメンバーが殺されていって……。

第三部 探偵編


1970年8月24日。二階堂蘭子は多摩日報三面記事にあったドイツの集団行方不明事件に注目し事件について調べることにしました。

一ツ橋大学の学生であり弱冠20歳の蘭子ですが、数々の難事件を解決したことで名探偵として認められています。同じ年、同じく一ツ橋大学に通う〈私〉二階堂黎人は、蘭子からすると義兄にあたる存在。

両親を犯罪の犠牲で失った蘭子は今は警視庁副総監である〈私〉の父二階堂陵介の養女となり、犯罪捜査学の英才教育を受けたのでした。

1971年3月2日。色々と行方不明事件の捜査を続けた結果現地に行ってみようということになり、通訳を兼ねて知り合いのアルフレッド・カール・シュペア老人を加えた三人でフランスへと向かいます。

ところが、事件担当していたボン警察の殺人課主任警部グレゴール・フォン・ルーデンドルフからは思いも寄らぬことを聞かされました。

「そもそも、失踪事件が明るみになった時点で、俺たちボン警察は、この古城の所在を突き止めようと躍起になった。地図に当たったのはもちろん、歴史学者、考古学者、民間伝承研究者、地図会社、観光局と、多方面に熱心な聞き込みをした。けれども、得られた答えは、どれもこれも、城の実在を否定するものばかりだった」
「地図はそれほど当てにできる物ではありません。地図に載っているのは、当局によって確認され、登録された場所だけですから」
「そのとおりだ」ルーデンドルフ主任警部は頷き、腕組みして、「フォン・フェスト製薬へ問い合わせた結果、失踪した観光団とは別に本物の観光団があって、そちらは無事に旅行を終えていることが確認された。ということはだ、失踪した連中が身内の者などに漏らしていた《伝説の古城への旅》という話自体が、最初から出鱈目であったと思われる。つまり、誰かが彼らをおびき出すために用意したロマンチックな餌だったわけだ」(第三巻、335ページ)


城は実在しないと聞かされても諦めない蘭子は行方不明になった旅行者フェグラード教授の共同研究者やフォン・フェスト製薬の筆頭株主フランツ・フォン・リッベントロープ伯爵に会おうとしますが……。

第四部 完結編


やがて蘭子は思いがけず二つの記録を手に入れたことによって、集団行方不明は、《人狼城》と総称される《銀の狼城》と《青の狼城》で起こった、二つのよく似た連続殺人事件であったことを知りました。

川を挟んで向かい合わせになっているため双子の城とも呼ばれる古城で、ほぼ同じ時期に起こった連続殺人事件。単なる偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎています。一体どんな関係性があるのでしょうか。

しかし厄介なのは、もし記録を信じるとするならどちらの連続殺人もほとんどが密室などの犯行不可能な状況で行われているということ。

《銀の狼城》と《青の狼城》からなる《人狼城》で起こった不可解な連続殺人事件、そして《ロンギヌスの槍》や《人狼》、古くからの伝説《ハーメルンの笛吹き男》などの謎に、蘭子は挑んでいって……。

はたして、蘭子が解き明かした連続殺人事件の驚くべき真相とは!?

とまあそんなお話です。「第一部 ドイツ編」と「第二部 フランス編」はそれぞれが独立したミステリあるいはホラーのようにも読める作品で、どちらを先に読んでも大丈夫です。お好きな方からどうぞ。

ロジカルなミステリが好きな方は「第一部 ドイツ編」が、怪奇現象が起こるホラーが好きな方には「第二部 フランス編」がおすすめ。

「第三部 探偵編」と「第四部 完結編」は実質的には一続きの話で名探偵二階堂蘭子が登場し連続殺人事件の謎を解いていくお話です。要するに、第一部第二部が問題編、第三部第四部が謎解き編ですね。

読者が謎解きに挑戦できる、ちゃんとしたトリックのある本格ミステリとしても楽しめるのは勿論、それと同時に歴史ミステリーや怪奇譚の趣もあり、色んな楽しみ方が出来る作品になっていると思います。

なにしろ「世界最長の本格推理小説」だけに、かなり長い作品ですが、読み始めると物語に没頭して、意外とあっという間に読めてしまう作品だとも思うので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、ビル・S・バリンジャー『歯と爪』を紹介する予定です。

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