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阿部謹也訳『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』

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ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら (岩波文庫)/岩波書店

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阿部謹也訳『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫)を読みました。

まずは笑いについて少し。何が一番人々の笑いを誘うかと言うと、強い者が弱い者に一本取られてうろたえる様なのではないでしょうか。

弱い者が強い者にいたぶられていたら、おかしいどころか不快極まりないですが、強い者が弱い者に困らされると、急激な立場の逆転が起こり、そこにおかしみが生まれて来ます。

そうした笑いを巧みに演出した喜劇俳優と言えば、やはり何と言ってもチャールズ・チャップリンでしょう。

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チャップリンが監督をつとめるようになると、段々感動的な作風になっていくのですが、初期の頃のドタバタ喜劇は、まさにそうした弱い者が強い者をおちょくる面白さで成立しています。

チャップリンは浮浪者を演じているのですが、お金持ちから何かを盗んだり、追いかけて来る警官をからかったり、叩いたりするんです。

現代の感覚からすると、いたずらの範疇を越えている感じがなきにしもあらずで、暴力的な印象を受けないでもないですが、チャップリンがお茶目なキャラクターなので、どうも憎めないんですね。

多かれ少なかれチャップリンから影響を受けていると思いますが、似たようなキャラクター性を持っているのが、ミッキー・マウス。

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1928年の公開作で、デビュー作の「蒸気船ウィリー」では、口笛を吹きながら、気持ちよく船を運転しているミッキーが、船長らしきネコに追い払われる所から始まります。

軽んじられ、虐げられる存在であるミッキーが、思いも寄らぬいたずらをするからこそ、そこに笑いが生まれて来るのです。

日本で似たような笑いを探すと、一休さんや吉四六さんのとんち話が、かなり似た構造の笑いであることが分かります。弱い者が強い者から一本取る話で、なおかつそれが憎めない人物であること。

たとえば一休さんには、俗に「水アメの毒」と呼ばれるとんち話があります。大体同じ話なので『狂言えほん ぶす』で紹介しましょう。

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主人が、「ぶす」という毒が入っているから食べてはならぬと言った砂糖を、2人の家来がつい食べてしまいます。このままでは怒られてしまうと思った2人は、巧みな言い訳を思いついて・・・。

みなさんご存知だろうと思うので、オチまでもう書いてしまいますが、主人が大切にしていた物を色々と壊してしまって、死のうと思って毒を飲んだが死ねなかったと言うんでしたね。

まさに、これは一本取られた! という面白さがある話だと思いますが、どうでしょうか。

一休さんのとんち話と狂言の「ぶす」が同じ話なのは、どうやら元になった話が同じなようです。鎌倉時代に編まれた『沙石集』という仏教説話集。それぞれ、一休さんと狂言に受け継がれたのでしょう。

「狂言えほん」は、気軽に伝統芸能の世界に触れられるいいシリーズなので、機会があればぜひ手に取ってみてください。ちなみに講談社の他に、ポプラ社にも同じようなシリーズがあります。

さてさて、前置きが長くなりましたが、今回紹介する『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』がどういう話かと言うと、つまりはそんな話なんです。もうすべて説明したようなものです。

軽んじられ、虐げられる存在であるティル・オイレンシュピーゲルが、知恵を働かせて、色んな場所で色んな人々から、一本取っていく物語。短い95話(96話だが1話欠番)の話からなっています。

15世紀から17世紀にかけてのドイツで、民間に広まった物語本を「民衆本」と言うのですが、この本はそうした中の一冊。

まさにとんち話と言うべき様々な民話や伝承が、ティル・オイレンシュピーゲルという人物を主人公にしてまとめられたんですね。どうやら実在した人物のようではありますが、詳しくはよく分かりません。

作者あるいは編者についても分からないことが多いですが、訳者の阿部謹也による解説には、ヘルマン・ボーデと見て間違いないだろうと書かれていました。

”愉快ないたずら”と言うよりは、”たちの悪い犯罪”に他ならないような話があったり、なにかと糞の話が出て来て下品だったりしますが、ドイツの民衆に愛され続けたキャラクターに興味のある方はぜひ。

作品のあらすじ


ザクセンの国のメルペという森のそばのクナイトリンゲン村で生まれたティル・オイレンシュピーゲル。洗礼を受けた帰り道、小川に落とされ泥だらけになり、大鍋で洗われることになりました。

こうして普通の人とは違い、思わぬ形で一日三回もの洗礼を受けたオイレンシュピーゲルは、数奇な人生を歩んでいくこととなります。

歩けるようになると、オイレンシュピーゲルは早くもそのいたずら小僧ぶりを発揮して、周りの人々を困らせました。

父親に叱られそうになったオイレンシュピーゲルは、一緒に馬に乗せて連れて行ってくれと言うんですね。そうしたら、他人が勝手に悪口を言っていると証明してみせると。

そこで父親がオイレンシュピーゲルを後ろに乗せて馬を走らせていると、オイレンシュピーゲルはお尻をむき出しにして通りがかった人々に見せつけます。

人々が罵倒すると、「聞いたかいお父っつぁん、おいらは黙っているし誰にも何もしていないのに皆はおいらのことをあくたれというんだよ」(13ページ)と言って、父親を納得させてしまったのでした。

大人になってからもオイレンシュピーゲルはいたずらばかり。ついに村を飛び出して、各地を転々としては、とんでもない騒ぎを巻き起こしていきます。

マクデブルク市では、髙い所にある出窓から飛んでみせると言って、見物人を集めておいて、げらげらと笑いました。「あっしは鵞鳥でも鳥でもないんですぜ。どうして飛べますかい」(59ページ)と。

ヘッセンの国に行った時は、工芸家になりすましました。そうしてマールブルク方伯から依頼を受けて、絵を描いたのです。マールブルク方伯が完成した絵を見たいと言うと、こう答えました。

「よろしいですとも、お殿様。けれどもお殿様と一緒にあの絵をご覧になる方にはひとつだけ申し上げておきたいことがございます。正しい結婚によって生まれたのでない人にはあの絵はみえないのでございます」(96ページ)


オイレンシュピーゲルに絵の説明を細々とされた見物人たちは、まさか見えないとは言えません。見えないということは即ち、両親の不義によって生まれて来たことになってしまうからです。

ところが、マールブルク方伯の夫人の腰元の中の阿呆女が、自分には見えないと言い張ったことで嘘をついていたことがばれてしまい、オイレンシュピーゲルはお金を持って一目散に逃げ出したのでした。

ボヘミアのプラハ大学では、学長を言い負かします。学長が海には何オームの水があるか答えよと問うと、川から流れ込む水をとめてもらえれば、海の水を計りましょうと答えて一本取りました。

地上と天はどれくらい離れているか答えよと学長が問うと、それほど離れていないから、天までのぼっていただければ、地上から声をおかけしますと答え、またしても学長をやり込めたのでした。

ローマへ出かけて行ったオイレンシュピーゲルは、宿屋の女主人とある賭けをすることになります。

教皇と会うことは至難の業であり、「私だって教皇様とお話ができるなら、一〇〇ドゥカーテン出してもいい位だわ」(122ページ)と女主人が言ったので、会わせてやるのは簡単だと豪語したんですね。

早速出かけて行ったオイレンシュピーゲルは、教皇がミサをしている間、聖体に背を向けていました。

そこで、異端者だという疑いを受けて、教皇から取り調べを受けることになったのです。オイレンシュピーゲルは、自分は宿屋の女主人と同じ信仰を持っていると答えました。

呼び出された女主人は、教皇の前で自分がいかに誠実なキリスト教徒であるかを述べる機会を得て、オイレンシュピーゲルはまんまと100ドゥカーテンを手に入れたのでした。

折角ローマに行っても信心深くならなかったオイレンシュピーゲル。リューゼンブルク村でまたしてもある賭けをすることとなります。

司祭が立派な馬を持っていたので、ブラウンシュヴァイク公がそれを欲しがったんですね。ところが、司祭は馬をとても大切にしていて、どんなにお金を積まれても手放すつもりはないと言うのです。

馬を手に入れられるかどうか、ブラウンシュヴァイク公と賭けをしたオイレンシュピーゲルは、司祭の元へ出かけて行きました。

司祭館にしばらく滞在していたオイレンシュピーゲルですが、具合が悪くなって寝込んでしまいます。司祭は死ぬ前に罪を告白しなさいと言いました。

オイレンシュピーゲルはか細い声で司祭に「あっしがしたことなんか憶えてもいませんが、ひとつの罪だけは別で、これは司祭様には告白できません。他の司祭様をつれてきて下さればその人に告白します。あなたに告白したりするとあなたが怒りだすのが心配なんです」というのです。(139ページ)


そんな言い方をされれば、どうしたってその罪が何なのか気になってしまいます。あの手この手でようやくオイレンシュピーゲルからその罪を聞き出した司祭はびっくり仰天。

自分の所の料理女とオイレンシュピーゲルはいい仲になってしまったというんですね。早速司祭は料理女を問い詰めますが、料理女はそんなことをした覚えはないと言い張ります。

正直に告白しない料理女に腹を立てた司祭はついに、料理女の体中をあざになるまでステッキで打ちすえたのでした。

朝になると元気になっていたオイレンシュピーゲルは、司祭に世話になったお礼を言って、こう付け加えます。

「司祭様、御注意申し上げておきますが、司祭様は告白の秘密をもらしましたね。私はハルバーシュタットの司教のところへ行って司祭様のしたことを報告するつもりですよ」(141ページ)


告白の秘密をもらしたとなると、司祭は身の破滅です。お金を渡そうとしますが、オイレンシュピーゲルは受け取ろうとしません。

なんでも望みのものをあげるから、許してくれないかと司祭が言うと、オイレンシュピーゲルは勿論、司祭が何より大切にしていた馬を要求し、ブラウンシュヴァイク公に届けたのでした。

リューベックに傲慢なワイン差配がいたので、オイレンシュピーゲルはからかってやることにします。

水の入った缶と空の缶を持って行き、まず空の缶にワインを入れてもらい、そんなに高いのでは買えないと言って、水の入った缶を突き返したんですね。こうしてまんまとワインを手に入れたのでした。

ところが、この盗みによってオイレンシュピーゲルは縛り首にあうことになってしまいます。

いたずら三昧の人生を送って来た男がどんな最後を遂げるのか、はたまた何かしらの知恵で逃げ出すのか、大勢の人々が関心を持って集まりました。

ところが、オイレンシュピーゲルは観念したかのように、とても大人しい様子だったのです。そして、ひとつだけささいなお願いを聞いて欲しいと言うのでした。

オイレンシュピーゲルに騙されないよう、死刑を免除することがないよう、市参事会員たちは様々な条件をつけた上で、オイレンシュピーゲルの願いを聞いてやることにして・・・。

はたして、絶体絶命の危機に陥ったオイレンシュピーゲルの運命はいかに!?

とまあそんなお話です。紹介したエピソードは、ほんの少しだけで、こうしたとんち話的な、短くて愉快な話がたくさん収められている物語です。

笑える面白いいたずらもあれば、もう完全に詐欺以外の何物でもなくて、正直笑えない話などもあります。それから、かなり下品な話もあるのですが、全体的に見れば、なかなか楽しい一冊だと思います。

では、最後に立宮翔太が選ぶ「オイレンシュピーゲルのいたずらベスト・オブ・ベスト」を一つ紹介して終わりましょう。

ニュルンベルクでいたずらをして、夜警に追いかけられるのですが、オイレンシュピーゲルはあらかじめ逃げ道にある橋の板を外しておいたんですね。

こうしてやっと橋板をはずしておいた場所までやってきて、注意しながらその橋を渡りました。渡りきると大声で「ヤッホーどこをうろうろしているんだ、このすっとこどっこいのぼけなすめ」と呼ばわりました。それを聞いて夜警は、やっきになって先を争って走ってきました。こうしてつぎつぎにペグニッツ川に落ちてしまったのです。(117ページ)


怒りながら勢いよく川へ落ちていく夜警たち。想像するだけでシュールですし、コントっぽくて面白いですよね。これくらいならまだ許せる感じなので、ぼくは結構好きです。

国も時代も違うので、笑いの感覚として、やっぱりあわない部分があったりするだろうと思います。それでもやはり万国共通のものもありますから、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、トーマス・マン『ヴェネツィアに死す』を紹介する予定です。

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