アウト・オブ・サイト (角川文庫)/角川書店
¥820
Amazon.co.jp
エルモア・レナード(高見浩訳)『アウト・オブ・サイト』(角川文庫)を読みました。残念ながら、現在は絶版のようです。
訳者あとがきで”レナード版ロメオとジュリエット”と評されている通り、まさに禁断の2人が恋に落ちてしまうクライム・ノヴェルです。
男の方は、知的だけれどツイてない銀行強盗ジャック・フォーリー、47歳。脱獄した連中に乗じて、刑務所から逃げ出して来ました。
男が銀行強盗で禁断の2人ということは、そうです、女は警察側なわけですね。29歳のキャレン・シスコーは連邦執行官。たまたま、脱獄の現場に居合わせたため、一緒に連れられていってしまうのです。
相棒が運転する車のトランクに隠れて逃げ出す計画のフォーリーと一緒に、キャレンは無理矢理トランクに詰め込まれてしまいました。緊迫感のある状況ながら、話す内に、なんだか不思議と気が合う2人。
やがて、キャレンは捜査の一員として、脱獄犯フォーリーを追うことになりますが、フォーリーはキャレンのことが忘れられずに・・・。
この作品も1998年に映画になっています。フォーリー役がジョージ・クルーニー、キャレン役がジェニファー・ロペス。監督は『オーシャンズ11』などを手掛けた、スティーブン・ソダーバーグです。
アウト・オブ・サイト [DVD]/ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
¥2,090
Amazon.co.jp
かなり豪華な、そしてハマり役ばかりのいいキャストが集結している、スタイリッシュなクライムものなので、映画の方もぜひあわせて観てみてください。それでは、原作の小説の方に話を戻しまして。
銀行強盗ながらどこか憎めないフォーリーのキャラクターもいいですが、キャレンがもうかなりいいんですよ。私立探偵社を営む父を持ち、お気に入りの拳銃シグ・ザウエル.38を常に持ち歩いています。
キャレンはかなりの美貌なので、色んな男から声をかけられたり、犯罪者に聞き込みを行う時には、それこそ襲われそうになったりするんですね。そんな時は、すかさず鋼鉄ロッドの棒で頭をぶっ叩きます。
ケネスがまたつかみかかってきた。こんどは側頭部を狙ってロッドを振り下ろした。ケネスの口から、獣のようなわめき声がほとばしった。動くこともできずに、耳を手で押さえながらケネスは言った。
「くそ、何が気に入らねえんだよ?」
顔をしかめながら手を見下ろし、それをまた耳に押しつけた。この男が言いたかったのは、こちらが彼を痛めつけたことか、それとも、彼の誘いをはねつけたことか、どっちなのだろう、と思いながら、キャレンは言った。
「あなた、あたしとじゃれ合いたかったんでしょう。だから、じゃれてやったんじゃない」
彼女は外に出ていった。(240~241ページ)
こんな風にかなり出来る、なおかつクールなキャラクターなのですが、フォーリーの行方を追いながら、キャレンはずっと考え続けるわけです。自分は、フォーリーを捕まえることが出来るのだろうかと。
もっとはっきり言ってしまえば、フォーリーを撃ち殺さなければならない局面を迎えた時に、ちゃんと引き金が引けるかどうかと――。
お互いに相手のことが気になりつつも、立場の違いから、どうしても敵対関係になってしまわざるをえない銀行強盗のフォーリーと連邦執行官のキャレン。2人の複雑な関係性から、目が離せない物語です。
作品のあらすじ
ムショ暮らしの仲間から、穴を掘ってムショから逃げ出すつもりだという計画を打ち明けられ、一緒に来ないかと誘われたジャック・フォーリーは、仲間の誘いを断り、自分だけの脱獄計画を立て始めます。
集団でぞろぞろ逃げ出しても捕まるのは目に見えていますから、自分だけ別行動を取ろうとしたんですね。間抜けな看守に目をつけて脱獄計画を密告し、いざという時に、その看守を殴って服を奪いました。
一方同じ頃、連邦執行官のキャレン・シスコーはグレイズ刑務所の塀の外にやって来ていました。ある囚人の出頭令状を渡しに来たのです。恋人のレイ・ニコレットとのデートには遅れてしまいそうです。
一方同じ頃、フォーリーの相棒バディは、脱獄したフォーリーを迎えるために車を走らせ、ようやく到着しました。前にいるブロンドの女はおそらく、他の脱獄囚たちの迎えに来ているのだろうと思います。
いよいよ脱獄が始まり、穴の中から男たちがぞろぞろと出て来ると、ブロンドの女が突然ショットガンを取り出して脱獄犯たちに向けたので、バディはびっくり仰天。看守たちは脱獄犯に発砲を始めました。
そこへ、穴を通って来たのでどろどろの恰好をした看守姿のフォーリーがやって来ます。ブロンドの女が連邦執行官だと名乗り、フォーリーを捕まえようとしたので、とりあえずトランクにぶち込みました。
フォーリーもトランクに入り、バディは一先ず一刻も早くここを離れねばと車を走らせます。トランクの中で密着しているフォーリーとキャレンは『俺たちに明日はない』の話で意気投合してしまいました。
こんな状況でも全く怯えていないキャレンにフォーリーは興味を魅かれ、キャレンもまた悪党らしくない銀行強盗を面白く感じたのです。
かつてのムショ仲間グレンとの待ち合わせ場所までたどり着きトランクから出たフォーリーは、バディに自分の気持ちを打ち明けました。トランクに入っていた間、彼女とすごく波長が合った気がしたと。
「まあ、聞いてくれよ。それでおれは思ったのさ、たとえばどこかのカクテル・ラウンジみたいな、ごくふつうのところで知り合っていたら、おれたち、どうなっていただろうって……」
次の言葉が見つからなくて、彼は口をつぐんだ。
バディは彼の顔に視線をもどした。「きっと、おれの部屋にでも彼女を連れていきたいんだろうな、さしずめ。で、自分はシャワーを浴び、アフター・シェイヴの匂う、こざっぱりとした恰好で浴室から出てくる。すると彼女が言うんだろう、”あら、見直したわ、あなた”」
「彼女ともう一度話したい、それだけなんだよ」
その顔をじっと見据えて、バディは言った。「いまとなっちゃ遅すぎるって、ジャック。体が泥まみれだろうと、こざっぱりしていようと、あんたはもういまのあんたでしかないんだ。いちばんいいのは、だれか別の、可愛い娘を見つけてさ、ああ、やっぱりあのとき、無茶をしないでよかった、と思うことなんじゃないかな……」(80~81ページ)
フォーリーとバディがそんなことを話していると、グレンの車のエンジンが突然ついて急発進して、どこかへ行ってしまったのでした。何が起こったか分からず、フォーリーとバディはぽかんと見送ります。
かつてキャレンは、グレンが刑務所に入る時に護送したことがあり、グレンのことを覚えていたんですね。今ならまだ罪は軽くなるとグレンを動揺させたキャレンが、車をあの場から逃げ出させたのでした。
結局グレンには逃げられてしまいましたが、こうして無事に生還したキャレンは、私立探偵の父親や仲間たちの助けを借りながら、逃げたフォーリーとバディの行方を、ひたすら追って行くこととなります。
一方、フォーリーとバディは強盗で稼ぎながら、ロンポック刑務所時代の仲間たちと組んで、大きなヤマに取り掛かろうとしていました。
ロンポック刑務所時代には、これ見よがしの派手なアクションをするボクサーだったことから、”スヌーピー”という、不名誉なあだ名で呼ばれていたモーリスは、今では、白人の巨漢を連れて歩いています。
だが、白人の巨漢のほうが、その機先を制して言った。「こんどその名前を言いやがったら、頭を壁にめりこませてやるぞ、この」
「なんだって?」バディが言った。「おまえが言ってるのは、”スヌーピー”って名前のことか? スヌーピーだろう、スヌーピー」
スヌーピーは、まあ、止めとけ、と言うように巨漢に向かって手をあげる。
「いまじゃな、おれのことを”スヌーピー”とか”スヌープ”とか呼ぶやつはだれもいねえんだよ。ホワイト・ボーイはそのことを言ってるんだ。こいつはちょっと、荒っぽいところがあってな。ああ、おれの”スヌーピー”時代は、もうとっくにすぎたのよ」
(中略)
グレンは勢い込んで言い足した。「このホワイト・ボーイも、元ボクサーなんだぜ」
それに挑発されたように、バディが言った。「そうか、で、いまは何をやってるんだ、デカい口を叩く以外に?」
フォーリーはモーリスに言った。「ムショの中庭にもどったような雰囲気じゃないか、え?」(222ページ)
こうしてモーリスやホワイト・ボーイらと計画を練り始めたフォーリーとバディでしたが、臆病なグレンはビビり始め、ひそかにモーリスはフォーリーにすべての罪を着せる作戦を考え始めていて・・・。
逃げながらもキャレンを忘れられないフォーリー、同じようにフォーリーを想い、いざとなったらフォーリーを殺せるかどうか迷いながら、その後を追うキャレン、グレンとモーリスの、それぞれの思惑。
はたして、フォーリーたちは大きなヤマを成功させられるのか? そして、フォーリーとキャレンの禁断の恋の結末はいかに!?
とまあそんなお話です。ストーリー的にシンプルなので、今回の特集で取り上げた中で最も読みやすいです。キャラクターもいいですし、物語も面白いので、この作品から読み始めるとよいかも知れません。
先月20日に亡くなったエルモア・レナード氏の追悼特集を4夜連続で行いましたが、いかがだったでしょうか。作者は知らなくても、映画化されたものも多いので、意外と作品は知っていたりしたのでは?
ギャングたちの登場する裏社会の物語が多いので、エルモア・レナードは、日本ではあまり読まれていないのですが、オフ・ビートな雰囲気や、どこか憎めないギャングたちのやり取りが面白い作品ばかり。
興味を持った作品があれば、ぜひ読んでみてください。本当は色々と復刊されて書店などでもフェアをやってくれるといいんですけどね。
明日からは日本の作品を。5夜連続で、中田永一+山白朝子特集をやります。まずは中田永一『百瀬、こっちを向いて。』からスタート。