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大沢在昌『新宿鮫』

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新宿鮫 (光文社文庫)/光文社

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大沢在昌『新宿鮫』(光文社文庫)を読みました。

「新宿鮫」は、読んでいない方でもどこかで耳にしているのではないかと思いますが、それぐらい一度聞いたら忘れられない異質感とキャッチーさがあります。主人公である型破りな刑事鮫島のあだ名です。

新宿という海の中で、群れず、媚びず、一度食らいついたら決して離さない孤高の存在、そうしたイメージが重ねられたあだ名でしょう。

大沢在昌は今では押しも押されもせぬベストセラー作家ですが、ブレイクのきっかけになったのが、この『新宿鮫』。読者の人気に支えられてシリーズは書き継がれ、現在までに10作が刊行されています。

ワンパターンのくり返しではなく、毎回作品の雰囲気が違うことに魅力のあるシリーズでして、第2作の『毒猿』はミステリとして評価が高いですし、第4作の『無間人形』では、直木賞を受賞しています。

警察というのは、普通二人一組で動きますよね。物語ではそれが凸凹コンビとして描かれることが多く、腕力自慢と頭脳派、あるいはベテランと新人など、対照的な相棒として描かれるのが一般的でしょう。

ところが鮫島というのは警察という組織の中で一人浮いていて、たった一人で捜査を進めていくのでした。普通だったらありえないその設定が実によく出来ていて、鮫島は複雑な立場にいる存在なんですね。

分かりやすいと思うので、他の刑事もので例をあげます。1997年に織田裕二主演で放送され、翌年の映画も大ヒットしたドラマに『踊る大捜査線』がありました。その中のあの名台詞を覚えていますか?

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そう青島刑事が叫ぶ「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!!」ですね。何故そんな台詞が出るかというと、現場の刑事たちとキャリア組の刑事たちの間で考え方にずれがあるから。

優秀な経歴を持って警察に入り、現場の刑事を駒のように動かしたいキャリア組と、目の前の現状に立ち向かう現場の刑事たちとの対立が描かれていくことに『踊る大捜査線』の面白さはあったと思います。

また、警官から刑事になった、とにかく熱い青島刑事(織田裕二)と常に冷静でキャリア組の室井管理官(柳葉敏郎)という、本来は決して絆が生まれないはずの二人の絆もこのシリーズの醍醐味でしたね。

さて、『新宿鮫』に話を戻しますが、「新宿鮫」こと鮫島警部は、たった一人で犯罪の捜査にあたり、行動だけ見るとどう見ても叩き上げの刑事です。ところが、実は鮫島は元々はキャリア組だったのです。

キャリア組は現場に出ないものですが、自ら進んで現場に出たことである事件に巻き込まれた鮫島は、首に傷を負ってしまいました。その傷を隠すために伸ばした後ろ髪は、後にトレードマークになります。

そして、警視庁公安部の内部争いによって自殺した同期の警視から手紙を預かっていることが何より大きな問題となりました。その手紙に書かれている事実が表沙汰になれば、大スキャンダルになるのです。

関わった事件のせいでキャリア組の出世コースから外れ、しかし現場の刑事たちとも馴染めず、なおかつ手紙という爆弾を抱えているが故に誰も手を出すことが出来ない存在。それが「新宿鮫」なのでした。

キャリア組の頭脳と現場の腕力とを兼ね備えた独立独歩のヒーロー鮫島は、複雑な思いを抱えているだけにやや暗い印象はあるものの、動作や台詞の一つ一つがとにかくしびれるほどかっこいいわけですよ。

鮫島の恋人で、鮫島から「ロケットおっぱい」と評されるバストを持つロックシンガーの晶、鑑識の藪、やる気がないように見えるので「マンジュウ」と呼ばれている上司桃井など、脇役も光る作品です。

作品のあらすじ


男同士で愛し合う趣味を持つ連中にとっては有名なサウナ店に行って、木津という男の情報を集めた後、鮫島は22歳の恋人晶を迎えにライブハウスへ向かいました。一年前にある事件で出会ったのです。

鮫島と晶は区役所通りのゲイバー「ママフォース」に行くことにしました。カウンターにいたのは、顔見知りの飛田。刑事事件専門の弁護士です。ある男が来たら教えてほしいと、鮫島はママに頼みました。

「何をやった奴?」
「拳銃の密造」
 知らぬふりをして聞いていた飛田がさっと顔をあげた。鮫島はかまわずつづけた。
「そいつの売った銃でひとりが死に、ひとりが重傷を負った。三週間前に」
(中略)
「左肩にガマンしょった奴か」
 鮫島はようやく、飛田を振り返った。
「そうだ。あんたが長六四を値切ったおかげで、去年の暮れ、出てきたんだ。やさがえして、またぞろ、もとの商売に励んでる」
 長六四とは長期刑のことだ。飛田は鼻白んだ。鮫島はいった。
「だが、あんたのせいじゃない。奴は根っからのチャカ作りが好きなんだ。ム所にいたって、道具さえあれば、鉄格子と歯ブラシでチャカを作るだろう。奴は、自分が作っちまえば、あとのことは知っちゃいない。それで人が死のうが、一生、車椅子の体になろうがな」(39~40ページ)


「ママフォース」のママの紹介で、木津が出入りしていた「アガメムノン」という店で働く男の子と会えることになりました。木津の姿を少しずつとらえつつあった鮫島でしたが、新たな事件が起こります。

それは、巡回警ら中の警察官二人が何者かに射殺された事件でした。交番勤務の警察官で、顔見知りの二人が殺されたことに痛む鮫島の胸。犯人は一体なんの恨みがあって二人を殺したというのでしょう?

鮫島は課長の桃井に、木津の密造所を見つけたら逮捕する許可をもらいました。桃井はかつて優秀な警官でしたが、14年前に交通事故で6歳の息子を亡くしてからというものやる気を失ってしまった人物。

今では書類仕事をするだけで、部下たちからも「マンジュウ」(死人)と揶揄されているほど。しかし他の部署が受け入れを拒否する中桃井の防犯課だけは鮫島を受け入れ、自由にさせてくれたのでした。

新宿署にはやがて特別捜査本部が設置され、鮫島の同期で今は警視になっている香田がやって来ました。同期とは言え今では身分の差がある香田は鮫島に、大人しくしていれば取り立ててやると匂わせます。

「廊下で会ったら、敬礼しろ、か」
「規律を尊ぶのは悪いことじゃない。もしお前が望むなら、捜査本部にひっぱってやるぜ。うまくすりゃ本庁一課には戻れる」
 鮫島は考えるふりをして、煙草に火をつけた。煙をゆっくりと香田に吹きかけた。香田はたじろいだように一歩さがった。
(中略)
 香田の目がすっと冷たくなった。怒ってみせるのも、演技のひとつだった。
「二十年たってようやく警視でいいのか。へたするとずっと、警部のままだぞ」
「お前には関係がない」
 香田はぐっと顔を近づけた。
「お前じゃない、警視どの、だ。上官には敬語を使え。いいか、お前は昔から気にいらない奴だった。俺にそんな口のきき方をしていると、一生、このデカ部屋から出られなくしてやるからな。トルエンの売人やシャブ中どもとつきあって、人生を楽しむがいい」(126~127ページ、本文では「お前」に傍点)


鑑識の藪は、弾丸からすると事件に使われたのはライフルだと言います。ライフルは拳銃と比べてかさばるので、計画的犯行と見るほかありませんが、事件自体は突発的に起きたもののように見える奇妙さ。

犯罪者だけでなく、警察からも目をつけられている鮫島は、万が一に備えて自分の家に晶を呼びたがりませんが、晶はついに強引にやって来て料理を作ってくれました。束の間の楽しいひと時を過ごします。

警察の威信をかけて、捜査にあたる警察でしたが、一週間後にまた警官殺しが起こってしまったのでした。そしてかかってきた犯行予告の電話――。警察は電話の声から犯人像を絞り込んでいこうとします。

一方、特別捜査本部と離れて行動する鮫島は、ついに木津の居場所を突き止めました。やがて二つの事件にある繋がりが見えて来て……。

はたして、鮫島は犯人を捕まえ、連続警官殺しを止められるのか!?

とまあそんなお話です。新宿を舞台に展開するスリリングな警官殺しの物語。鮫島は型破りですが、一本芯が通っているんですよね。普通だったら長い物に巻かれる所を巻かれないからこそ型破りなわけで。

アウトローであると同時に組織として腐ってしまった警察の中で鮫島だけが本当の正義という感じがなくもないだけに、その言動は読者の目にひたすらかっこよく映るのでした。孤高の刑事を描く物語です。

蓮っ葉なように見えて、まっすぐ想いを伝えて来るロックシンガーの恋人晶に振り回される鮫島も見所で、危険に巻き込んではいけないから距離を置こうと思いつつ、愛してしまう姿がとても印象的でした。

言わずと知れたベストセラーですが、まだ読んだことがないという方も、意外と多いはず。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、馳星周『不夜城』を紹介する予定です。

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