Quantcast
Channel: 文学どうでしょう
Viewing all articles
Browse latest Browse all 464

コードウェイナー・スミス『ノーストリリア』

$
0
0

ノーストリリア (ハヤカワ文庫SF)/早川書房

¥1,029
Amazon.co.jp

コードウェイナー・スミス(浅倉久志訳)『ノーストリリア 人類補完機構』(ハヤカワ文庫SF)を読みました。

コードウェイナー・スミスは、1930年代から1960年代にかけて活躍したアメリカのSF作家で、「補完機構」という組織によって統治されている、人類の未来史を描いたシリーズで知られています。

「人類補完機構」シリーズは短編が多く、『鼠と竜のゲーム』『シェイヨルという名の星』『第81Q戦争』という短編集が同じくハヤカワ文庫SFに収録されていますが、今は絶版で手に入りづらい状況。

シリーズに唯一の長編があって、こちらは2009年に新装版が出たので、今でも手に入ります。今回紹介する『ノーストリリア』です。

そういう事情があるので、ぼくもいきなりこの『ノーストリリア』から読み始めてしまったのですが、世界観や登場する人物が、どうやら「人類補完機構」シリーズの他の短編集とリンクしているようです。

物語自体は『ノーストリリア』だけで独立しているので、この作品から読み始めても大丈夫ですが、訳者あとがきを見ているとシリーズの他の短編集とあわせて読むと、より楽しめそうな感じがありました。

さて、今回紹介する『ノーストリリア』の物語の舞台となるのは、オールド・ノース・オーストラリア。縮めてノーストリリアと呼ばれている星です。人類の生活を一変させた薬が取れる、ノーストリリア。

「とてつもなくむちゃくちゃにでっかい奇形の羊」(8ページ)に繁殖するウイルスから作られる、サンタクララ薬(別名ストルーン)によって、人間の寿命は無期限に延長させられるようになったのです。

儲かったノーストリリアはあえて自ら高い税金を課すことによって、開拓者風の質素な生活を続けていました。ところが問題となったのが人口問題。人間が死なない世界なので増え過ぎてしまうわけですね。

そこで16歳になると試験されて、不適格者は「しあわせな、しあわせな死」(28ページ)へと送り出されることになっているのです。

そして物語の主人公である少年ロッド・マクバンは、障害者として不適格者の烙印が押され、その命はまさに風前の灯なのでした。それというのも、ロッドのテレパシー能力にはなにやら不具合があるから。

この未来世界では相手の意識を受け取る「キトる」、相手に意識を伝える「サベる」での交流が当り前で実際の会話はほとんどしません。

ところがロッドは、うまく「キトる」ことが出来ず、とんでもない騒音を「サベる」ことがあって、それで障害者に認定されてしまっていたのでした。不適格者は生きていけないのがこの世界の決まりです。

生きのびようとして取った行動がロッドを地球の冒険へと導き、それがやがて人類の未来を左右することとなる――そんな物語なんです。

テレパシーがうまく使えないために迫害される主人公というのは非常に感情移入がしやすく、ノーストリリア育ちのロッドの目線から未知なる未来世界の地球が描かれているので、設定も分かりやすい作品。

地球では、ロッドは姿を変えて冒険することになるのですが、それがまたファンタジー的な味わいもあって、わくわくどきどきさせられました。SF初心者にもおすすめ出来る、未来世界での冒険SFです。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 お話は簡単だ。むかし、ひとりの少年が地球という惑星を買いとった。痛い教訓だった。あんなことは一度あっただけ。二度と起こらないように、われわれは手を打った。少年は地球へやってきて、なみはずれた冒険を重ねたすえに、自分のほしいものを手に入れ、ぶじに帰ることができた。お話はそれだけだ。(7ページ)


ロッド・マクバン少年は、運命の日を迎えていました。〈死の館〉へ放り込まれて幸せな笑い声をあげながら死んでいくか、それとも〈没落農場〉という、ノーストリリア最古の土地の相続人に選ばれるか。

誰もが出来るテレパシーに不具合のあるロッドは、今まで三回判決を保留されており、その度に、もう一度赤ん坊からやり直して来たのですが、四回目となる今回こそは、本当に最後のチャンスなのでした。

ロッドは死ぬことになるだろうと誰もがそう予測していたのですが、審問の場でロッドは思いも寄らぬ「サベる」力を発揮して認められ、様々な制限つきではあるものの生き延びることが認められたのです。

しかしそれが気に食わなかったのが、連邦政府で名誉秘書官をつとめているオンセック。寿命を延ばす薬であるストルーンが効かないオンセックは、かつて別の生の時のロッドの子供時代の知り合いでした。

何度も子供時代をやり直したロッドに対して、老人になっており、死ぬことが定められているオンセックは、ロッドの命を狙ったのです。

一体どうしたらオンセックの謀略から逃れられるか、古い時代からあるコンピューターに相談すると、一時的にノーストリリアを破産させて、母なる地球を買い取り、交渉すればいいだろうと言われました。

コンピューターは、ニュー・メルボルン取引所にアクセスして、売買を繰り返し、四時間あれば、莫大な利益を上げられるというのです。

「どうしてそんなことができるんだ?」
「わたしは純コンピューター、時代遅れの機械です。ほかの機械には、エラーを見越して、動物の脳が組みこまれています。わたしにはそれがありません。その上、あなたの12曾祖父が、わたしを防衛ネットワークに連結されたのです」
(中略)
「もし、いまおまえが失敗したらどうなる?」
「あなたは恥をかき、破産するでしょう。わたしは売りとばされて分解されるでしょう」
「それだけかい?」ロッドは陽気にいった。
「そうです」
「母なる地球そのものの持ち主になったら、たんたん小僧をとめられるわけか。よし、行け」
「わたしはどこへも行けません」
「そうじゃない。はじめようといってるんだ」

(126~127ページ、本文では「たんたん小僧」に「ホット・アンド・シンプル」のルビ。オンセットのあだ名です。)


こうして、前代未聞なほどの莫大な富を手に入れ、地球を買う予約まで入れてしまったロッドは、オンセットから逃れるため、補完機構のロード・レッドレイディの保護を受けながら、地球へと渡りました。

ロッドを誘拐し金を奪おうとする者、或いはロッドになりすまそうとする者などがたくさんいるため、ロッドはロッドのままでいられません。そこで、下級民(アンダーピープル)に変装することにします。

下級民というのは、動物から作られた人間そっくりの存在。ロッドは猫人になりすましました。一緒に行動をすることになったのは雌の猫の下級民で、ク・メルという”もてなし嬢”(ガーリイガール)です。

彼女の先祖は、地球一の魅惑的な美女を生みだすように交配されたのだ。その願いはかなった。休息しているときでさえ、彼女は官能的だった。幅広いヒップと鋭い目は、男の情熱をそそった。猫に似た危険さは、彼女の出会うすべての男へのチャレンジだった。どの真人も、一目で彼女が猫であることを知るが、それでも目が離せなくなる。人間の女たちは、まるでなにか恥ずべきもののように彼女を見る。(241ページ)


召使いのエリナ―と、鼠が動かす九体のロボットによって十人のロッドの影武者が作られ、ロッド本人は自由に動けるようになりました。

妻役を演じ、地球の文化や下級民の風習を知らないロッドにひやひやさせられるク・メルは、次第に無邪気さと勇気をあわせ持つロッドに心を許していき、一方、ロッドもまたク・メルに惹かれていきます。

やがてロッドは下級民と過ごし、下級民の人々の考えや地球の文化に詳しくなったことで、ある大きな決断を迫られることとなって……。

はたして、ロッドは地球で何を見て、一体何を決断するのか!?

とまあそんなお話です。猫人に扮して地球を冒険する少年の物語。ロッドとク・メルの間にはいつしか心の交流が生まれるわけですが、人間と、動物から作られた下級民なので、種族が違うわけなんですよ。

ある意味では禁断の関係とも言うべき二人の関係の行方からも目が離せなくなる物語なのです。物語の設定としてかなり面白いですよね。

圧倒的なスケールで描かれた未来世界が舞台となっている面白さがあるのは勿論、アクションあり、ラブロマンスあり、笑いあり涙ありで、最後にはなんだかちょっと考えさせられてしまう名作SFです。

変身して見知らぬ町を歩くという点では、SFというよりは、ファンタジーのような読みやすさがあるので、普段あまりSFを読まないという方にも、手に取ってもらいたい作品。ぜひ読んでみてください。

明日はポール・ギャリコ『ジェニィ』を紹介します。猫つながりということで、こちらも少年が猫になってしまう小説を選んでみました。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 464

Trending Articles