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池澤夏樹=個人編集世界文学全集『短篇コレクションⅠ』

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短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)/河出書房新社

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池澤夏樹=個人編集世界文学全集『短篇コレクションⅠ』(河出書房新社)を読みました。池澤夏樹個人編集=世界文学全集の一冊です。

この「世界文学全集」には、短篇集が2冊あって、「短篇コレクションⅠ」には南北アメリカ、アジア、アフリカの短編20篇、「短篇コレクションⅡ」にはヨーロッパ圏の短編19篇が収録されています。

今回紹介する「短篇コレクションⅠ」は言ってしまえば、ヨーロッパ圏でない作品を集めたごった煮みたいな巻なのですが、これはこれですごくよく、何だか妙な言い方ですが、非常に勉強になる巻でした。

普段ぼくらが目にする小説というのは、やはりアメリカのものが多いと思うんです。なので、この巻に収録されているもので言えば村上春樹が訳しているレイモンド・カーヴァー辺りが馴染み深いんですね。

柴田元幸訳のバーナード・マラマッドも収録されていますが、現代アメリカ文学は、村上春樹と柴田元幸が訳すようなちょっと奇妙で、美しくクリアな雰囲気をもつ作品がよく読まれているように思います。

そうした、英語圏のわりとよく知られている作家が収録されているのがこの巻の魅力の一つ。リチャード・ブローティガンや、カナダの作家、アリステア・マクラウドの短編も鮮烈な印象を与えてくれます。

そうした英語圏の、整然とした印象の短編がある一方で、ラテンアメリカ文学のぶっ飛んだ短編が収録されているのもこれまた魅力です。

ぼくがラテンアメリカ文学にハマったきっかけになった本が2冊あって、一冊はG・ガルシア=マルケスの長編『百年の孤独』、もう一冊はフリオ・コルタサルの短篇集『悪魔の涎・追い求める男』でした。

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)/岩波書店

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日本の純文学では、リアリズムと言って、現実をありのままに描くものがわりと多く、現実がリアルに写し取られていればいるほど評価される傾向にあるように思います。ところが、コルタサルは違います。

コルタサルの短編では現実ではあり得ないことが起こるのですが、それが幻想を描いた「シュールレアリスム」のように荒唐無稽ではなくて、ありえなくもないかなあと強引に納得させられてしまうのです。

中でも面白いのが渋滞が延々動かずいつの間にか高速道路の上でそこにいる人々の生活が始まってしまうという「南部高速道路」。ありえない設定ですが、読んでいる間は気付かないぐらい引き込まれます。

この「短篇コレクションⅠ」に収録されていますし、岩波文庫の方にも収録されているので、好きな方で読んでみてください。ラテンアメリカ文学を読みなれない読者にとっては驚きの作品だと思いますよ。

整然とした英語圏の文学、混沌としたラテンアメリカの文学が収録されているというその魅力だけでも十分読む価値がありますが、ぼくが非常に勉強になる巻だと書いたのは、それ以外もよかったからです。

実はあまりアジアの作品やナイジェリア、レバノンなどの作家の作品を読むことってないですよね。知らない作家なのはもちろん、知らない世界が描かれていて、驚きとともに唸らされる感じがありました。

特に印象的だったのが、エジプトの作家によってイスラム社会に生きる一家の秘密の生活が描かれた「肉の家」。他の文化では生まれないであろう厳格な雰囲気の中、独特のエロスが漂う面白い作品でした。

次はどの国のどの作家を読もうかなあと迷っている方は、この「短篇コレクションⅠ」を手に取って探してみるとよいかも知れませんよ。

作品のあらすじ


『短篇コレクションⅠ』には、全20編が収録されています。

「南部高速道路」フリオ・コルタサル(木村榮一訳)


八月の日曜日。パリへ向かう南部高速道路は渋滞していました。渋滞はとても長く続き、待っている人々の間で交流が生まれ、食料を交換しあい、恋が生まれます。どれくらい月日が経ったか分かりません。

道路の外へ行こうにも土地の人間は外の世界の人間を受け入れず、石を投げて来ました。やむをえず高速道路の人々は共同体を作り、お互い支えあい協力しあい生きていきます。やがて寒くなって来て……。

「波との生活」オクタビオ・パス(野谷文昭訳)


海から上がろうとすると、ほっそりとして軽やかな波がついて来てしまいました。彼女に思いとどまるよう説得しますが、彼女はもう心を決めていたので、〈僕〉は彼女と共同生活をすることとなって……。

「白痴が先」バーナード・マラマッド(柴田元幸訳)


病気で長いこと生きられないメンデルは、なんとかして息子のアイザックをカリフォルニアの叔父の元へ送り出そうとしていました。アイザックは頭がよくないので、しっかり任せられる人物が必要だから。

ところが、切符を買うお金があと三十五ドル、どうしても足らないのです。時間にせかされる中、質屋で時計を売ろうとしたり、裕福な夫妻に寄付を頼んだりもしましたが、なかなかお金が手に入らず……。

「タルパ」フアン・ルルフォ(杉山晃訳)


手足のあちこちに紫色の水ぶくれが出来てもう助からないと思ったタニーロ・サントスは、タルパにある聖母像をお祈りしたいと言います。妻のナターリア、弟の〈おれ〉と一緒に旅立ったのですが……。

「色、戒」張愛玲(垂水千恵訳)


情報を聞き出し、必要とあらば暗殺するために、諜報機関の重要人物易(イー)先生へ近づくことにした組織。任務を命じられたのは、学生劇団で主演をつとめたこともある王佳芝(ワンチアチー)でした。

仲間の男と肉体関係を持って練習をした後、身分を偽って易夫人に近付いた佳芝は思惑通り易の愛人になることが出来ました。しかし恋愛を知らない佳芝は、少しずつ易に心が動いていくようでもあり……。

「肉の家」ユースフ・イドリース(奴田原睦明訳)


20歳から16歳までの三人の娘と暮らしている35歳の未亡人。娘たちは器量がよくないのと、男親がいないことから、結婚の話が持ち上がりません。母親は家に来る盲目のコーラン読みと再婚しました。

ある夜愛し合った後、夫から不思議なことを言われます。何故今日の午後はすっかり黙り込んでいて、おまけに結婚指輪を外していたのかと。母親は驚きを飲み込んで、相手が誰かを探ろうとしますが……。

「小さな黒い箱」P・K・ディック(浅倉久志訳)


国務省は、二千万人の信者を持つウィルバー・マーサーについて調べをすすめていました。信者たちは共感(エンパシー)ボックスを使ってマーサーの姿を見、マーサーの痛みを感じることが出来るのです。

禅を重んじるテレパスのジョーン・ハヤシは、国務省から任務を命じられてキューバーへと向かいました。一方、ジョーンのかつての愛人で、ハープ奏者のレイ・メリタンも思わぬ事態に巻き込まれて……。

「呪い卵」チヌア・アチェベ(菅啓次郎訳)


内陸の村出身でミッション・スクールで教育を受け、ヨーロッパ系の貿易会社の事務員としてウムルにやって来たジュリアス・オビは、婚約者ジュリアスからウムルの不思議な風習について聞かされて……。

「朴達の裁判」金達寿


しばらくぶりに南部朝鮮Kの刑務所から出て来た朴達(パクタリ)は、妻といっていい関係の丹仙(タンソン)ら馴染みの仲間たちから温かく迎え入れられます。朴達は学がない作男ですが妙な男でした。

初めはパルチザン(武装した一般市民)と共謀したとされて取り調べを受けたのですが、そこで思想犯と出会い、文字や歴史についてを習ったことで、わざと騒ぎを起こして投獄されるのが癖になって……。

「夜の海の旅」ジョン・バース(志村正雄訳)


「この旅はぼくが考え出したものか? そもそも夜は、海は、ぼくの経験とは別個なものとして存在するのか?」(283ページ)自問自答し〈創造主〉について考え続ける〈ぼく〉たちは泳ぎ続けて……。

「ジョーカー最大の勝利」
ドナルド・バーセルミ(志村正雄訳)


フレデリックはいつものように火曜日の晩、友人のブルース・ウェインの元を訪れました。ゴードン総監の合図バット・シグナルが夜空に浮かび、バットマンになったブルースとフレデリックは出掛けます。

仇敵ジョーカーの野望を食い止めようとしたバットマンでしたが、乗り込んだ装甲車の中にジョーカーがおり、気絶させられてしまったバットマンは、高笑いするジョーカーに素顔を見られてしまって……。

「レシタティフ――叙唱」
トニ・モリスン(篠森ゆりこ訳)


一晩中踊っている母親を持つ〈あたし〉と、病気の母親を持つロバータが出会ったのは8歳の時、孤児院の聖(セント)ボニーでのこと。塩と黒コショウのように見た目の違う二人ですが、仲良くなります。

しかし孤児院を離れると連絡も途絶えてしまったのでした。やがてウェイトレスで生計を立てるようになった〈あたし〉はボーイフレンドと一緒にお客としてやってロバータと再会を果たしたのですが……。

「サン・フランシスコYMCA讃歌」
リチャード・ブローティガン(藤本和子訳)


祖父から受け継いだ財産で悠々自適に暮らす彼が何より好きなのは詩。そこで、家の鉛管類をすべて詩に置き換えることに決めました。水道管にジョン・ダンを、浴槽にウィリアム・シェイクスピアを。

台所の流しにエミリー・ディキンソンを、洗面所の流しにはウラジミル・マヤコフスキーを、湯沸かし器にはマイケル・マクルアを。風呂に入るためにシェイクスピアの詩の中でムクルアの詩を温めて……。

「ラムレの証言」
ガッサーン・カナファーニー(岡真理訳)


ユダヤ人たちがラムレの街にやって来て〈ぼく〉らを二列に並ばせ両手を頭上で交差するよう命じました。銃声が聞こえ、みんなから「伯父さん」と親しまれているアブー・オスマーンの娘が殺されて……。

「冬の犬」アリステア・マクラウド(中野恵津子訳)


カナダの東海岸に住む家族が病気で、そのこと自体も心配ですが、もしも亡くなったら二千四百キロを、車で駆けつけなければならないことに悩みながら、〈私〉は雪にはしゃぐ子供たちを眺めていました。

ふと思い出したのは12歳の時に飼っていた犬のこと。ある冬の日曜日、〈私〉は犬にそりをつけ、仕掛けていた罠を見に行きました。ところが凍ったアザラシを見つけたことで流氷から落ちてしまい……。

「ささやかだけど、役にたつこと」
レイモンド・カーヴァー(村上春樹訳)


土曜日の午後、アンはショッピング・センターのパン屋で8歳になる息子のスコッティーの誕生日ケーキを予約しました。ところが、誕生日の当日である月曜日の朝、スコッティーは車にはねられたのです。

はっきりした原因が分からないまま眠り続けている状態のスコッティーを心配しながら、息子を見守り続けるアンと夫のハワード。しかし時折家に帰ると二人にとっては意味不明な電話がかかり続けて……。

「ダンシング・ガールズ」
マーガレット・アトウッド(岸本佐知子訳)


大家のミセス・ノーランが、子供たちにあなたの国の民族衣装を見せてほしいと頼んでいるのを聞いたことで、アンは新しい入居人に気付きました。バスルームを共有するので、どんな人物か気になります。

そこは外国からの留学生が集まる下宿屋で、アン自身もあまり意識されないものの、カナダからの留学生。ミセス・ノーランと「アラブのほう」から来たという男は、初めはうまくいっていたのですが……。

「母」高行健(飯塚容訳)


大学二年生だった彼は知識欲が旺盛で、夏休みに帰省する切符代として実家から送ってもらったお金も、急行から鈍行に変えて倹約し、本代にあてたほど。しかし実家に帰って知らされたのは母の死で……。

「猫の首を刎ねる」
ガーダ・アル=サンマーン(岡真理訳)


レバノンのベイルート出身の〈ぼく〉はパリで出会ったナディーンに求婚しようとしていました。ところが謎の老婆が現れナディーンとは対照的な純粋無垢で奴隷のようにかしずく花嫁をすすめられて……。

「面影と連れて(うむかじとぅちりてぃ)」目取真俊


何事も器用にできない〈うち〉は、小学二年生の時にトイレに閉じ込められるなどのいじめにあって、とうとう学校にいけなくなってしまいました。そんな〈うち〉にいつもやさしくしてくれたのがおばあ。

ある時ガジマルの木の下で、昔のような格好をした女の人と出会って話を聞いた〈うち〉はおばあから「あんたは霊力の高い生まれだからね、人の見えんものも見えるさ」(503ページ)と言われて……。

とまあそんな20編が収録されています。ではいくつか補足的事柄を。張愛玲「色、戒」は2007年に公開の、トニー・レオン主演、アン・リー監督の映画、『ラスト、コーション』の原作になります。

ラスト、コーション [DVD]/Victor Entertainment,Inc.(V)(D)

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R18に指定された大胆な性描写が話題になった作品だけにぼくはちょっと見逃してしまったんですが、機会があれば観てみたいですね。

P・K・ディック「小さな黒い箱」に出て来るマーサー教は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』など、ディックの他の作品にも登場するので、これをきっかけに、ぜひ他の作品も読んでみてください。

ドナルド・バーセルミ「ジョーカー最大の勝利」はぼくはよく分かりませんでしたが、池澤夏樹によると、「べたな文体で再話して、ヒーロー物語としての虚飾」を取り去っている面白さがあるみたいです。

アメリカの黒人初のノーベル文学賞受賞者であるトニ・モリスン「レシタティフ」は二人の少女の内、どちらが黒人で、どちらが白人かが明記されていないのが重要で、非常に興味深いテーマの作品でした。

レイモンド・カーヴァーの「ささやかだけれど、役に立つこと」は、朗読CDつきの対訳本『村上春樹ハイブ・リット』にも収録されています。英語の勉強をしている文学好きな方におすすめの一冊ですよ。

村上春樹ハイブ・リット/アルク

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多くの国から幅広いジャンルの短編が収録された『短篇コレクションⅠ』。今まで知らなかった作家や作品と出会えるおすすめの巻です。

明日も「世界文学全集」で、『短篇コレクションⅡ』を紹介します。

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