Quantcast
Channel: 文学どうでしょう
Viewing all articles
Browse latest Browse all 464

モンゴメリ『青い城』

$
0
0

 

 

モンゴメリ(谷口由美子訳)『青い城』(角川文庫)を読みました

 

誰かからおすすめされたんだったか、それかなにかのきっかけで自分で見つけて面白そうだと思ったのか、もうはっきりしたことは忘れてしまったんですけど、モンゴメリの『青い城』は随分前から気になっていました。

 

なので、久々に小説が読みたいな、なにか面白い本ないかな~と思って考えていた時にふと思い浮かんだのがこの『青い城』で、そうして読んでみたらめちゃくちゃ面白くて、一気読みというか、久しぶりに夢中になって小説を読むという経験をしました。

 

ここ何年か、本自体は結構読んでいたんですけど、学術的な読み物みたいなやつばっかりで、小説になると本当に年に数冊ぐらいのペースでしか読んでいなくて、なんか夢中になる感じがすごく久しぶりでしたね。

 

ただ、今回紹介する『青い城』は、多分、読み手によって合う合わないがはっきり分かれる小説で、一言でいうと少女マンガみたいなお話なんですよ。地味で冴えない日々を送っている29歳の女性ヴァランシーの人生が、ある出来事をきっかけに急変していく物語。

 

タイトルになっている「青い城」は、ヴァランシーが王子様的な理想の恋人と暮らしている、想像の中の素敵な場所のことで、親や親戚から、29歳になるのにまだ結婚していないことでからかわれたり軽んじられたりしているヴァランシーの心の寄りどころなのです。

 

見た目が地味で性格は内気で、想像力豊かな主人公像は、児童文学に含まれることもある、女性が主人公の物語ではわりとあるあるなのですが、そうしたキャラクター性に感情移入できるかどうかは読み手によります。ぼくは結構感情移入してしまう方なんですけど。

 

あと中盤くらいから、ある程度物語の展開の予想はつくというか、それほど複雑な構成の作品ではないので、その辺りのシンプルさも好みが分かれるところではないかと思いますが、個人的にはこういうテイストの話はめちゃくちゃ大好きですね。面白かったです。

 

ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』やシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』など、限られた登場人物の中で少しずつそれぞれの人物の見え方や人物同士の関係性が変わっていく物語がぼくはとても好きで、『青い城』もわりとそういうところがあるので、読んでいて、ああ小説ってやっぱりいいものだなと思わされました。

 

作品のあらすじ

 

いやな雨の降る五月のある朝。29歳で独身のヴァランシー・スターリングは、よく眠れずに目が覚めてしまいました。村の人たちも、親戚であるスターリング一族のみなも、ヴァランシーのことを「もう希望の持てないかわいそうなオールド・ミス」(5頁)と見ています。

 

自分自身はこの先ロマンスが待っているかもしれないという期待をまだ持っていますが、眠れないのは、こんな日はなんだかそんな気持ちも揺らいでしまうから。雨の音に耳をすませ、ベッドの中で縮こまります。

 

つらい気持ちになった時は、子供の頃からいつしか、空想上の青い城の想像をして気持ちを慰めてきました。そこではヴァランシーは王子様のような素敵な男性と暮らしているのです。しかし何故だか、いつもの妄想もうまくいきません。

 

前々から時折、心臓に鋭い痛みを感じていたヴァランシーは、図書館で借りた大好きな作家ジョン・フォスターの最新作に書かれていた一節に勇気づけられて、意を決して、トレント医師の元へと向かいました。

 

やがて届いたトレント医師からの手紙には、ヴァランシーは「狭心症――明らかに、動脈瘤を併発している――」(58頁)であり、余命一年で、さらに、急激な衝撃があればいつ心臓が止まってもおかしくない状態だと書かれていたのでした。

 

ショックを受けて絶望し、自分のみじめな人生を振り返るヴァランシー。子供の頃の泥遊びで、小さくても自分が作った泥まんじゅうで満足していたのに、年下のいとこで、かわいいオリーブの大きな泥まんじゅうを作るために自分のを奪われてしまったこと。

 

いとこのベティの結婚式でブライズ・メイド(花嫁の付き添い娘)を頼まれるかと思ってわくわくしていたのに、結局頼まれなかったこと。美しくあろうとしたのに、パーティーで誰からもダンスを申し込まれず、後でみんなから笑われたこと。

 

「あたしは、どうでもいいような、二番煎じの存在だったのよ」と、ヴァランシーは思う。「生きていくうえでの、いろいろな激しい、美しい感情は、あたしをよけていってしまったのだわ。深い悲しみさえ感じたことはない。あたしは、心からだれかを愛したことがあるかしら? (中略)つまり、あたしは、愛というものを全然知らないということなのよ。あたしの生涯は空しかった――からっぽだったわ。空虚というほど恐ろしいことはないわ、恐ろしい!」(75頁~76頁)

 

これまで母親や親戚の顔色をうかがって生きてきたヴァランシーは、たとえわずかな寿命でも、これからは見せかけやごまかしの行動はしないと決意します。他人を喜ばせるのではなく、自分を喜ばせて生きようと。

 

何事にも従順だったヴァランシーは、自分を押さえつけてきた母親や親戚たちに刃向いはじめます。ああしろこうしろという指示に従わなかったり、忖度せず、自分の意見を舌鋒鋭く述べるように。

 

奥地にある湖の島の小さな小屋で暮らす、何日もひげをそらないでも平気でいる謎めいた男バーニイ・スネイスのことを、金を使い込んで逃げているか、あるいはもっとひどいことをした犯罪者かもしれないといつものようにみんなが噂していると、彼が何かした証拠はあるのかと反抗してみせます。

 

周りの人々は、ヴァランシーの突然の変化に戸惑いますが、ヴァランシー自身は「死ぬまえに、一つでいいから、小さくても、自分の泥まんじゅうをこしらえたいと思うわ」(115頁)と心に決めていたのでした。

 

やがて、肺病でずっと寝込んでいる知り合いの看病の仕事をするために、まわりの反対を押し切って家を出たヴァランシーは、悪漢と噂されていながらも、やさしい一面のあるバーニイ・スネイスと思いがけず親しくなっていったのですが……。

 

はたして、余命わずかと宣告されたヴァランシーは、自分なりの幸せを見つけることができるのか!?

 

というお話です。ヴァランシーを取り巻く環境がすごくリアルなんですよね。めちゃくちゃ不幸では全然ないんですけど、色んなしがらみがあって自分の自由がない、じんわりとした嫌な感じがあって。

 

ヴァランシー自体は悪くないんですけど、いとこのオリーブがかわいくて比較されがちなこともあって、常に、きれいでないというだけで期待外れという扱いをされている感じなんですよ。特に母親から。存在ごとやんわりと否定されているような。

 

その質感がリアルなだけに、途中から吹っ切れたヴァランシーが生き生きと、自分を押さえつけていたものすべてに反抗していくところがどことなくユーモラスで面白かったです。

 

親戚との関係が近くて、よく大人数で食事をしたりしているんですけど、たとえば、おじさんのくだらないジョークにつきあわないといけないんです。おじさんの機嫌を損ねると、遺産がもらえなくて将来困りそうだから。

 

でも、自分が余命わずかだったら、おじさんからの遺産とか関係ないわけじゃないですか。急におじさんに辛辣になっておじさんが慌て出すところとかも見どころです。

 

おそらく、好き嫌いが分かれる小説な気はしますが、あらすじを読んで面白そうと思った方には刺さる作品だと思うので、ぜひ読んでみてください。あなたの、人生についての見方がちょっと変わるかもしれない、そんな一冊だと思います。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 464

Trending Articles