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我孫子武丸『殺戮にいたる病』

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殺戮にいたる病 (講談社文庫)/講談社

¥600
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我孫子武丸『殺戮にいたる病』(講談社文庫)を読みました。

※ 連続猟奇殺人鬼の物語なので、エログロな描写が出て来ます。この紹介でも多少触れていたりもするので、苦手な方はご注意を。


我孫子武丸と言えば、ぼくの中では、どちらかと言えばコミカルな作風の推理小説家という印象があったんですが、どうもこの本のことをよく耳にするんですよ。なんだかすごいらしいぞと。

タイトルからしてもうあれだし、読み始めたら猟奇殺人鬼が嬉々として人を殺していく話だし、なんだこれはと思っていたら、なるほどそういうことだったんですね。話題になるだけのことはあります。

結構グロい描写もありますので、そういうのが苦手な方は避けた方が無難ですが、とにかく面白い小説を読みたい方におすすめの一冊。

物語は、6件の殺人と1件の殺人未遂の容疑で、猟奇殺人鬼の蒲生稔が逮捕されたところから始まります。

そこから話が戻って、いくつかの視点から事件について書かれていくのですが、被害者の一人と知り合いで、犯人の行方を追う元刑事の樋口は、犯人についての分析を知り合いの精神科医から聞きました。

そう……そういうことになるかな。筋金入りのネクロファイルだという気がする。大抵の屍姦者には多かれ少なかれサディズムの傾向が見られるものだ。その暴力的傾向が高まるがゆえに相手を死に至らしめてしまう。死体を責め苛む。またそれによって快感を得る。――今度の犯人は、快感を得るためでなく、死体の一部を切り取り、持ち去った。一部でもいいから手元に置いておきたかったのだと思う。フェティッシュな死体愛好者だ。モノとなり、肉塊となっても愛せる男だ。(212ページ)


この連続殺人事件の犯人(=蒲生稔)は、死体にしか欲情を感じないネクロフィリア(necrophilia)なんです。

普通の女性との性交では全く興奮せず、自分が殺した女性と交わることで、初めて性的な興奮を感じることが出来るんですね。性器を切り取ったものにも欲情を感じますが、死体はやがて腐ってしまいます。

そこで蒲生稔は、次々と獲物を見つけてはホテルに誘いこみ、殺し、性器を切り取るというおぞましい殺人を犯し続けるのです。

どんな性的衝動が起こったか、いかにしてターゲットを見つけ、殺していったかが、蒲生稔に寄り添う形で丹念に描かれていきます。

その殺人の過程や蒲生稔の異常な精神状態がかなり詳細に書き込まれているので、読んでいて気分が悪くなる方も多いことでしょう。

というかむしろ、ワカルワカルという感じになった人がいたら、その人はもう間違いないやばい人ですよ。ほぼ100%の読者が嫌悪感を感じるであろう小説です。

しかし、それだけのおぞましい作品でありながら、これだけ読まれ、評価されているということは不思議ですよね。そうです、ただでは終わらない何かがある小説なんです。

物語は殺人鬼の視点だけではなく、息子の異変に気付き、息子がニュースで取り上げられている殺人事件の犯人なのではないかと疑い始める蒲生雅子と、犯人を追う元刑事の樋口の視点からも描かれます。

つまり、連続猟奇殺人鬼、殺人鬼の家族、殺人鬼を追う者たちの3つのストーリーラインがあって、それが交互に展開していく物語。

それぞれのストーリーラインが、喜び、不安、執念を象徴しているようで、一冊でかなり色々な要素が楽しめる作品ですが、殺人鬼の心理に迫る猟奇な描写も多いので、苦手な方は駄目かも知れません。

ただ、3つのストーリーラインがあわさると、思いも寄らない出来事に結びつくという、そういう作品なので、エログロの部分はなんとか乗り越えて、ぜひ最後まで読んでもらいたいと思います。

作品のあらすじ


20歳の時に結婚し、2人の子供にも恵まれ、何不自由なく暮らしていた蒲生雅子でしたが、息子のちょっとした異変に気付くようになりました。なんだかよそよそしい態度を取るようになったのです。

それだけならまだしも、行動がよくつかめなくなったり、何かに脅え、苦しんでいるような様子も垣間見えるようになりました。

初めは大学に入ってから、ガールフレンドでも出来たのだろうと軽く考えていた雅子ですが、息子の部屋から赤黒い液体が残ったビニール袋を見つけた時に、疑心は確信へと変わります。

息子が、最近ニュースで取り上げられている、猟奇殺人鬼なのだと。

 雅子は家族に対して、平静なふうを装ってはいたが、内心は薄氷を踏むような心境で二月を過ごした。突然目つきの悪い男達がやって来て、「息子さんはどこにいますか」と聞き、連れ去ってしまう――何度そんな夢を見たことだろうか。
 手錠をかけられたあの子。新聞にでかでかと載る写真。そして彼らの家に次々と投げ込まれる石と、聞くもおぞましい罵倒の数々。「人殺し!」「変態!」「殺人鬼!」――。
 違う、違う、あの子は心の優しい子です。そんなことをするような子ではありません。何かの間違いです、何かの間違いです。間違いよ――!
 そう叫んで目が覚めると、びっしょりと汗を搔いている。風をひかないために、毎朝服を着る前にタオルで全身を拭かなければならないほどだった。(131ページ)


一方、蒲生稔が初めて殺人を犯したのは、雅子が不審を抱き始める3ヶ月も前の10月のことでした。

いつものように大学へ行った稔は、食堂で江藤佐智子という学生と出会います。意気投合してタクシーで出かけた2人は、やがてラブホテルへと向かったのでした。

稔は自分でも何をどうしようと考えていたわけではありませんでしたが、岡村孝子のラブソングが流れる中で、つい江藤佐智子の首を絞めて殺してしまいます。

ふざけているのかと思って笑っていた江藤佐智子は、激しく抵抗し始めたものの、やがて「なぜ?」という大きな疑問符のように舌をだらりと出して、そのまま死んでしまいました。

 稔は自分が歌に合わせ、ハミングしていることに気づいていなかった。細心の注意をこめてブラウスのボタンをはずすと、死体を裸にしていく。
「愛してるからだ」彼は生まれて初めて、本心からそう言った。声が感動にうち震えていることに気づいた。もう一度、繰り返した。
「愛してるからだよ」
 脱がせた服をきちんと畳み、皺にならないよう丁寧に積み重ねて椅子の上に置いた。靴下と下着を剥ぎ取ると、女は生まれたままの姿になった。生まれたままの姿で死んでいる女。死ぬときに元の姿に戻るのは、当然すぎるほど当然のことだと稔は思った。
(42~43ページ)


死体になり、「急速に赤みを失い青黒く変色しつつ」(43ページ)ある肌の江藤佐智子と交わった稔は、生まれて初めての快感を覚えます。そして思いました。これこそが真実の愛なのだと。

それからというもの、稔は自分が”愛する”ための女を探して、町を彷徨うようになって・・・。

一月。半年ほど前に妻の美絵を病気で亡くしてから、樋口武雄は脱け殻のような暮らしを送っていました。警察を定年退職してから、やるべきことも何もないのです。

そんな樋口の所へ、かつての部下の野本が訪ねて来ました。島木敏子と最後に会ったのはいつかを聞きに来たのです。

樋口はそれが最近話題になっている猟奇殺人事件と関わりがあることなのだとピンと来ました。

「島木敏子、二十九歳、独身。離婚歴のある看護婦で、樋口さんの奥さん――美絵さんが入院されていた当時、あの病院で働いていた。間違いないですね?」
 樋口は一瞬かっとなったが、野本にしても決して自分から望んでしている質問ではないと判断して、何とか自分を抑えることに成功した。
「そうだ。――彼女は殺されたのか? 先にそれを教えてくれてもいいだろう?」
 一瞬野本は彼の懇願を込めた視線を受け止め、微かに頷いた。
「今朝十一時頃、青山のホテルで絞殺死体で発見されたんです。鋭利な刃物で乳房を切り取られ、下腹部をえぐられていました」(33ページ)


島木敏子は、妻を亡くして生きる希望を失った樋口を見かねて、時折やって来ては食事を作ってくれていた女性だったのでした。

島木家を訪ねた樋口は、敏子によく似た妹のかおると出会います。姉の死に責任を感じているかおるは、敏子に変装して犯人を見つけ出す作戦を樋口に提案したのでした。

そうして2人は、敏子を殺した犯人を、独自の捜査で追っていくこととなり・・・。

はたして、異常な性的嗜好から殺人を犯し続ける蒲生稔、息子を犯人と疑って怯える蒲生雅子、犯人を追う樋口の3人のそれぞれの行動が交錯した時、一体何が起こるのか!?

とまあそんなお話です。サイコ・キラーが中心人物となる小説ですし、わりとグロい感じなので、どちらかと言えば、ホラー好きな方におすすめです。

ただ、ミステリとしても面白い作品なので、グロい感じが大丈夫そうだったら、ぜひ読んでみてください。ただそのまま終わるわけではなく、話題になるほどの何かがある作品です。

明日は、竹本健治『匣の中の失楽』を紹介する予定です。

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