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メアリー・マッカーシー『アメリカの鳥』

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アメリカの鳥 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)/河出書房新社

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メアリー・マッカーシー(中野恵津子訳)『アメリカの鳥』(河出書房新社)を読みました。池澤夏樹個人編集=世界文学全集の一冊。

ピーター・リーヴァイという19歳の青年が、新しい環境で色々と思い悩みながら成長していく姿を描いたのが、今回紹介する『アメリカの鳥』です。ジャンル分けをするならば、青春小説になるでしょう。

しかし、変わりゆくアメリカを象徴するかのようにアメリカワシミミズクの死から始まるこの物語は文化・政治的な問題をいくつも孕んだ陰鬱な雰囲気立ち込める作品。爽やかな小説ではありませんでした。

ピーターはフランスのパリにあるソルボンヌ大学に留学したり、イタリアのローマに観光しに行ったりするのですが、フランス人の友達はまったく出来ず、ローマの観光地では混雑に不満ばかりが募ります。

文化の違う場所で生活するということは、自ずから自分の国について深く考えさせられることになるわけですが、イタリア系ユダヤ人の父を持つピーターのアメリカに対する想いは、複雑に揺らぐのでした。

しかも、この物語の舞台である1960年代半ばには大きな変革の時を迎えていたアメリカ。その中心となった3つの出来事があります。

まず文化的な面から言うと「ビート・ジェネレーション」の全盛期。「ビート・ジェネレーション」の説明は難しいですが、既存の価値観や社会そのものに背を向け、自由を求めた芸術活動という感じです。

精神世界に傾倒し、酒やドラッグに溺れ、放浪する「ビート・ジェネレーション」の作品は、ヒッピーの文化に大きな影響を与えました。

有名な作品にはこの世界文学全集にも収録されているジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』がありますが、関心のある方にぜひ読んでもらいたいのは、ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』です。

裸のランチ (河出文庫)/河出書房

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物語が語られるのではなく、「カットアップ」という文章をバラバラにして組み直す手法が使われた驚愕の一冊。意味不明な感じもあるので、面白いかどうかはともかく知っておいて損はない一冊でしょう。

アメリカの変革の二つ目。政治的な面で言うと盛んだったのが公民権運動。公民権運動とは、「私には夢がある」の演説で有名なキング牧師やマルコムXが中心となった、黒人の権利を主張する運動のこと。

そして三つ目は、アメリカがベトナム戦争に介入し始めたことです。ピーターはまだ学生なので、徴兵は猶予されていましたが、いつ戦争に駆り出されてもおかしくない、そういうきな臭い状況なのでした。

フランスという異国の地でピーターは、公民権運動についてどう思うか、ベトナム戦争についてどう思うかを、何度も尋ねられるわけです。そうする内にアメリカに対しての思いは変化していくのでした。

友達も知り合いもいない、慣れない文化に戸惑う、心寂しい状況の中で、寄り所にしたい自分のアイデンティティーや祖国アメリカへの思いが揺らいでしまうピーターのどことなく苦い青春の物語なのです。

青春小説に政治的なテーマが重なりあった作品なので、読者を選ぶ小説だと思いますが、3つの変革が起きたアメリカの時代背景に興味を引かれた方は、ぜひ読んでみてください。きっと楽しめるはずです。

ぼく自身は面白いというよりは、興味深いという感じで読みましたが、フランスに行ってもフランス人の友達が全く出来ず、色々と考えすぎる生真面目なピーターにはなんだかすごく共感させられました。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 あの野生生物保護区で、アメリカワシミミズクは死んでいた。森の端にあるパーマー邸を見せてくれた女は、その出来事をはっきりと覚えていた。鳥はおととしの冬に亡くなった。大学三年生になるピーター・リーヴァイは、喉仏をゆっくりと上下させながら、この知らせをごくりとのみこんだ。悲しみと驚きで息が詰まりそうだった。口もきけずに戸口から去ろうとしたピーターの背に、「何事も変わってゆくものよ」と厳しい口調で言う女の声が聞こえた。
(7ページ)


夏休み、母と一緒に数年ぶりにロッキー・ポートを訪れたピーター。鳥が好きなピーターは、アメリカワシミミズクとの再会を楽しみにしていたのですが、いつの間にか、亡くなってしまっていたのでした。

間もなくフランスへの留学が決まっているピーターは自分のルーツを確かめたくてロッキー・ポートにやって来たのですが、ロッキー・ポートでは、ささやかながらとても大きな変化が起こっていたのです。

ほとんどの家に建物の歴史的由来が書かれた看板が出ていること。冷凍や缶詰でない生のものを料理に使いたくても、加工してあるもの以外手に入らないこと。昔ながらの道具は使われなくなっていること。

ピーターの母は、スイカのピクルスを作ろうと思いますが、ビンも石灰も手に入らず苦労します。そして、家の前にある邪魔な看板を引っこ抜いてしまったことで、警察に捕まってしまうこととなって……。

プロの演奏家の母とイタリアから亡命したユダヤ人の父を持つピーター。両親は離婚し、それぞれ別の相手と再婚したので、ピーターは寄宿学校に入れられましたが、両親からは、大きな影響を受けました。

寄宿学校のイカれたルームメイトは外国人を信じず、旅行に行く時は靴下に金を入れると言っていましたが、ピーターの両親は、それとは全く逆で、人を疑うことは何より恥ずかしいことだと教えたのです。

フランスへ着き、両親のその教えのことを思い出した、ピーター。

 ピーターは、自分の両親は逆の意味で間違っていると思った。何かを盗られた(あるいはおもちゃを壊された)と言ってお手伝いや掃除のおばさんを責めるのは、いちばんやってはいけないことだとたたき込まれたのだ。父と母の意見は、この点では完全に一致していた。ピーターが泣きながら、「誰かがぼくのボールを盗った」と父に訴えたりすれば、体を揺さぶられて、「ライ・ペルサ! ライ・ペルサ!(こら、忘れたのか)」と怒鳴られた。(中略)今では彼らの言おうとしていることが理解できた。人を疑うのは、物を盗られるよりも悪いことだ。ピーターはルームメイトのようなイカレたやつといつもいっしょに暮らすのはいやだったが、いつもいっしょにいる友は、悲しいかな、自分しかいないのである。
(125ページ)


宿も決めていなかったピーターを心配して、道中知り合ったアメリカ人たちが何かと助けてくれようとしますが、ピーターは言い訳に苦労しながらその好意を断り、自力でなんとか住居を見つけたのでした。

副専攻科目として哲学を選んでいたピーターが心の拠り所としていたのは、カントの倫理学。「他者は常に究極の目的である――汝の行動原則」(8ページ)と書いた紙を財布に入れて持ち歩いているほど。

しかし外国の生活では、カントの倫理学がうまく応用出来ずに戸惑います。たとえばメイドにチップを渡せば使用前に共同トイレの掃除をしてくれるなどよりよいサービスが受けられることが分かりました。

しかしこれは、チップを渡すといいサービスが受けられる反面、チップを渡さない人を、不利な立場に置くということでもあるわけです。

「あなたの行動原理が普遍的法則であるかのようにふるまいなさい」(162ページ)と言ったカントならどうするだろうと考えますが答えは出ず、結局メイドがいなくなるまで待つようになったのでした。

折角フランスに来たのだから、フランス人の友達が欲しいと思ったピーターでしたが、どこでフランス人と出会えるのかが分かりません。

フランス人のたまり場だという噂のカフェに行ってみても、同じような噂を聞いてやって来たアメリカ人ばかり。映画館に行ってみたら、案内係に渡すチップを知らなかったが故に顰蹙を買ってしまいます。

ピーターは、母への手紙に、いかに自分が孤独かを書き綴りました。

 そしてこのパリで、ふいに、本当に孤立している自分に気づきました。出会う人たちの大部分と、共通の言語(非常に驚いていることですが、僕のフランス語はひどいものです)も共通の社会的背景も政治的展望ももたないだけでなく、僕が全人類と共有していると思っていた最も基本的な行動原則も共有してはいないのです。僕の言おうとしていることを説明しましょう。あの一連の安ホテルのことです。(中略)僕がなぜアパートに移るしかなかったかわかりますか? なぜ現在のような自分だけの世界に閉じこもらなければならなかったか? その一端についてはすでに話しましたが、共同トイレのせいなんです。(191ページ)


汚い便器に我慢がならず、かといってメイドに掃除も頼めず、自分で掃除をしていたら時間がかかって周りから怒られ、消臭スプレーを買ってきて置いておいたら盗まれと、散々な目にあって来たのでした。

やがて、感謝祭の食事に招かれたピーターは、七面鳥を食べることを拒否して、「ウェット・ブランケット」(濡れ毛布)のように周りをしらけさせてしまった菜食主義者ロバータ・スコットと出会います。

社会的圧力をはねのける力を持つロバータに惹かれたピーターは「これは恋にちがいない、でも、こんなひょろひょろした大学三年生に彼女は目を向けてくれるだろうか?」(256ページ)と思って……。

はたして、フランスとイタリアを巡ったピーターは、どんな真理を見出すことになるのか? そして、ロバータとの恋の結末は!?

とまあそんなお話です。真面目さ故に、普通の人が気にしないようなことを気にし、難しく考えて、かえって失敗をしてしまうピーター。物語の主人公としては魅力に乏しく、どことなく冴えない青年です。

ですが、それだけに異国の馴染めない環境で戸惑うピーターはとても身近な存在に感じられて、非常に共感しやすい小説でもありました。

青春小説というよりは時代的なものが色濃く反映された作品ですが、ちょっと変わった所のあるピーターが気になってしまった方は、ぜひ読んでみてください。文化について色々考えさせられる一冊でした。

明日は、長嶋有『猛スピードで母は』を紹介する予定です。

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